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静岡地方裁判所 昭和45年(行ウ)5号 判決 1974年5月30日

原告

甲田寿彦

ほか一八名

右原告ら訴訟代理人

大蔵敏彦

外七名

被告

静岡県知事

竹山祐太郎

右訴訟代理人

御宿和男

右指定代理人

佐久間孝

ほか九名

被告

竹山祐太郎

右訴訟代理人

鈴木信雄

外三名

被告

大昭和製紙株式会社

右代表者

斉藤了英

右訴訟代理人弁護士

萩野定一郎

外二名

被告

大興製紙株式会社

右代表者

佐野貞作

右訴訟代理人

河野富一

外三名

被告

興亜工業株式会社

右代表者

斉藤盛慶

右訴訟代理人

井口賢明

被告

本州製紙株式会社

右代表者

小泉哲三

右訴訟代理人

山根篤

外五名

主文

原告らの被告静岡県知事に対する怠る事実の違法確認の請求の訴えを却下する。

原告らの被告竹山祐太郎、被告大昭和製紙株式会社、被告大興製紙株式会社、被告興亜工業株式会社および被告本州製紙株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一当事者の求めた裁判

(一)  原告らの請求の趣旨

1  被告静岡県知事が、

(1) 同人の管理する別紙目録記載の河川の同目録記載の排出場所に、同目録記載の会社が製紙カス等の懸濁物を含む汚水を排出するのを停止させることを怠つたこと

(2) 静岡県の管理する田子の浦港の水域に、右目録記載の会社の排出する製紙カス等の懸濁物を含む汚水が流入するのを停止させることを怠つたこと

がいずれも違法であることを確認する。

2  被告竹山祐太郎は、静岡県に対し、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年四月一日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告会社四社は、連帯して、静岡県に対し、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年四月一日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告会社四社は、懸濁物一〇PPM、生物化学的酸素要求量(BOD)および化学的酸素要求量(COD)各五PPM、硫化物(全硫化物態硫黄として)0.3PPM以上を含む汚水を河川・岳南排水路を経由して田子の浦港に排出させてはならない。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求める。(被告本州製紙は右第四項の変更について異議を主張するが、右訴の変更は民事訴訟法第二三二条第一項但書に該当しない。)

(二)  被告らの本案前の申立

1  被告静岡県知事の本案前の申立

原告らの被告静岡県知事に対する訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

2  被告大昭和製紙株式会社の本案前の申立

原告らの被告大昭和製紙株式会社に対する訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

3  被告本州製紙株式会社の本案前の申立

原告らの本州製紙株式会社に対する請求の趣旨第四項記載の訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

(三)  被告らの請求の趣旨に対する答弁原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

二当事者の主張

(一)  原告らの請求の原因

1  (当事者)

原告らは肩書地に居住する静岡県の住民であり、被告竹山祐太郎は静岡県知事である。また被告会社らは肩書地に本店を有し、紙・パルプの製造を主たる営業目的としている株式会社で、別紙目録記載のとおりの工場を有している。

2  (公害の実状)

田子の浦港は静岡県が管理している重要港湾であるが、同港には沼川・潤井川等が流入しており、沼川の上流には被告大昭和製紙株式会社(以下、被告大昭和製紙という。)の鈴川工場、沼川の支流滝川の上流には同大昭和製紙の吉永工場、被告興和工業株式会社(以下、被告興亜工業という。)の工場があり、潤井川の上流には被告大昭和製紙および同本州製紙株式会社(以下、被告本州製紙という。)の各富士工場ならびに被告大興製紙株式会社(以下、被告大興製紙という。)の工場があつて、これらの工場は別紙目録記載の排出場所において右各河川に製紙カス等の懸濁物その他有害物質を大量に含む工場廃水を排出している。

このため、二〇数年前まではフナ・ハヤ・ウナギ等が棲息し、住民等が釣りや水泳を楽しんだ右河川は、あたかも被告会社等の各工場の専用排水路のようになり、各工場の地下水の揚水による自然流水の枯渇も加わつて、まさに「死の川」と化し、住民はその共有財産である美しい自然を奪われるに至つた。また、田子の浦港内にはヘドロが一日当り三、〇〇〇トンも沈積され、このため港内は一日約四〇センチの割合で埋つている。その結果、港内は二ないし五メートルもヘドロで埋まり、水深は三分の一になり、ひどいところは水深1.8メートルとなつている。このため昭和四五年五月一三日には田子の浦港吉原埠頭に接岸した貨物船が立往生し、同埠頭は今日に至るまで全面使用禁止とされている。また同年六月九・一〇日には日本丸・富士の両船が各々田子の浦港富士埠頭を使用しようとしたが、水深が浅く使用できなかつたこともあり、そのほかこのヘドロのため同港を利用する船舶はその船体・スクリュー等の腐蝕が甚だしく莫大な被害を被つている。

被告静岡県知事は、このヘドロを汚泥処理プラントによつて港内の東防波堤に投棄し、あるいは港内のある箇所に沈積したヘドロを他の箇所に投棄するなどしたが、これによりヘドロに含まれる硫化水素ガスが高濃度で周辺に飛散し、住民に被害を与えた。すなわち、昭和四〇年五月には約一〇〇PPMの硫化水素ガスが田子の浦港の東方の砂山地区を襲い、たんすの中のオリンピック硬貨をも腐蝕させ、住民等に吐気・目まいをおこさせた。また昭和四五年七月には田子の浦港内でしゆんせつ作業に従事していた作業員一一名が硫化水素ガス中毒で倒れ、さらに同年九月四日には同港北側で貨車の入替作業中の岳南鉄道の機関士が硫化水素ガス中毒によつて失神する等の事故が発生した。

かつて駿河湾は海洋生物の宝庫といわれ、サクラエビが棲息するのは世界でも駿河湾のみといわれた。しかし今や駿河湾には大量のヘドロが流入し、同湾内は広範囲にわたつて汚染され、同湾内でとれる魚はほとんど悪臭をおび、なかには頭やひれが溶けたものある。和昭四五年一〇月解禁されたサクラエビ漁に出漁した由比町の漁民は、従来の漁場であつた由比港沖には遂にサクラエビを発見することができず、遠路焼津沖まで出漁しなければならなかつた。このように駿河湾は田子の浦港沖を中心に「死の海」に化しつつあり、漁民は生活のかてを奪われつつある。のみならず、昭和四五年一〇月には田子の浦港のヘドロから水銀・カドミウムが検出されるに至り、駿河湾の魚を常食としている県民が水俣病と同様の被害を被るおそれもないとはいえない状況となり、漁業従事者に重大な脅威を与えている。

3  (被告静岡県知事の怠たる事実の違法)

(1) 河川管理の違法の確認について

(ア) (本件河川は県の財産である)

沼川・滝川・潤井川・比奈川・田宿川は住民訴訟の対象となる静岡県の財産である。

河川は講学上いわゆる自然公物であり、かつ河川法第二条第一項の定めるように公共用物であつて、私的所有権の対象とはならないものである。すなわち、河川とは流水およびその敷地を主体とし、これに堤防・護岸その他河川管理施設を含めた総合体をいうものであつて、このような動産・不動産の総合体は財団抵当法等のような特別法がない限り、わが私法上は私的所有権の対象となりえない。河川法第二条・同施行法第一八・一九条、道路法第四条等によれば、河川敷地・道路敷地・支壁等の物件も私的所有権の対象となることができるが、それは有体物の統合体たる河川・道路等公物その物の所有権の有無とはかかわりのないものであり、他方公物は公所有権の対象となるとするいわゆる公所有権説も、統合体についての所有権という難点を有するのみならず、それが公の目的のための物の支配という内容を有するということであれば、それは公物管理権にすぎず、強いて公所有権の観念をもつて説明する必要はなく、公共用物についてはその管理に重点が置かれるから、所有権の対象という面は甚だ稀薄になり、むしろ公物は公物主体の公物管理権の対象であつて所有権の対象ではないというべきである。

ところで、右にいう公物管理権は財産権であるということができる。すなわち、一般に、公物管理権は、「物を公の目的に供用することによりその所有権の効果を制限して構成される、それ自体独立の公法上の物権的支配権」といわれ、ことに他有公物については「他人の所有に属する特殊の物につき、公の目的のためにその所有権の行使を制限することを内容とする一種の公法上の制限物権」といわれているが、前述のとおり私所有権がほとんど意味をもたない公物にあつては、右の公物管理権は所有権に代るべき重要な意義を有する物権というべきである。そして河川法によれば、二級河川(本件河川中、沼川・滝川・潤井川は二級河川である)については河川管理者たる静岡県知事は、公物管理権に基づき、(a) 公物の目的のために河川を維持修繕し、(b) 一定の者に公用負担を課し、(c) 河川の障害を自らまたは原因者に命じて防止・除去することができ、(d) 河川の一般使用に制限を加えるとともに、竹木・舟・いかだの流送通航に許可を与え、流水の占用・土地の占用・土石等の採取を特許し、これから流水占用料等を徴収する等の権利義務を有しているところ、知事の右許可によつて与えられる流水占用権・河川敷地使用権・流木権等の公物使用権は、一種の財産権たる私法上の権利とされ、また流水占用料の徴収については静岡県河川法施行細則第三条に定められ、徴収された占用料は静岡県の収入となつている。このような財産権が河川管理権に基づく静岡県知事の許可行為によつて発生していることを考えると、公物管理権たる本件河川管理権は明らかに財産権であるということができる。

次に、二級河川の管理主体は県であるというべきである。旧来、河川は国の公物であり、知事の管理権は機関委任事務にすぎないとする見解が一般であつたが、これは、地方自治を知らない旧憲法時代に成立した旧河川法当時の議論であつて、現河川法には妥当しないものである。すなわち、まず旧法においては河川管理者は地方行政庁たる知事であつたが、新法においては二級河川の管理者は地方自治体たる都道府県の統轄者・代表者たる知事になつた。河川法第一〇条は、二級河川の管理は「都道府県を統轄する都道府県知事が行なう」と定めてこれを明らかにしているが、この地方自治体の代表者たる知事が行なうと定めているのは、単なる「知事」が管理するのと全く異なるものであり、これに地方自治法第二条第三項第二号が地方公共団体の事務として、「公園……河川……堤防等の設置・管理・使用権の規制」を定めていることを考えあわせると、二級河川の管理主体は地方自治体たる都道府県であり、その具体的管理者は自治体の代表者たる知事であることを定めたものと解すべきである。さらに、河川法施行法第六条によると、旧法により建設大臣が直接管理・工事している二級河川は、政令に定めるところによつて、河川管理者たる知事に「代つて」建設大臣が限定的に権限を行なうこととされているが、もし二級河川の管理が本来、国の事務であり、知事は単にそれを委任されているだけであるとすれば、国の主務官庁たる建設大臣が二級河川を直接管理するのは本来の権限行使であつて知事の権限の代行であるはずがない。右規定が建設大臣は知事の権限の一部を代行するにすぎないと定めているのは、二級河川の管理が本来国の事務ではなく県の事務であることを明らかにしたものというべきである。また、知事に対する機関委任事務を定めた地方自治法第一四八条第二項および別表第三・一・一一一も二級河川の管理を機関委任事務としたものとは解さない。すなわち、同表によると、知事が管理・執行すべき事務は、「二級河川および河川区域を指定し、河川の占用等……河川の管理を行なうこと」であるが、右の規定の文理上、二級河川は指定にのみかかる語であり、右にいう河川の管理とは、河川法上本来他の管理者の有する権限で特に知事に委ねられたもの、すなわち知事は、(a) 本来建設大臣が管理すべき一級河川のあるものを河川法第九条第二項および同法施行令第二条によつてその管理の一部をまかされ、(b) 本来他の都道府県知事が管理すべき二級河川のあるものを同法第一一条第三項および同法施行令第三条によつてその権限の一部を代行するが、これが右別表第三にいう知事に機関委任された河川管理事務である。

以上のとおり本件二級河川の管理は県知事に機関委任された事務ではなく、二級河川の管理主体は県であり、県はこの二級河川につき公物管理権を有し、この公物管理権は財産権であるから、結局、本件二級河川は静岡県の財産ということができる。

なお、本件河川中、田宿川、比奈川(瀬戸川)は河川法の適用のない普通河川であつて、静岡県普通河川取締条例(昭和三一年一〇月一六日条例第六五号)の適用のある河川であるから、静岡県が管理の主体であることは明らかで、これらが静岡県の財産であることはいうまでもない。

そして公物管理権たる河川管理権が静岡県の財産という場合、住民訴訟を規定した地方自治法との関係でいえば、右河川管理権は同法第二三八条第一項第四号の「地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利」に該当し、したがつて同法上の「財産」に当たり、住民訴訟の対象となるのである。

(イ) (本件河川の管理は違法である)

被告静岡県知事は河川に対する工場排水を規制する権限を有するのに、その権限の行使を怠つた違法がある。

知事の河川管理権の内容は、具体的にはさまざまなものがあるが、基本的には、「災害の発生の防止、河川の適正な利用、流水の正常な機能の維持」等の目的を達成するために適正に行使されなければならないし(河川法第一条、第二条)、「普通河川における工事その他の行為を取締り、その利用を規制し、もつて公共の福祉に資する」ことを目的として行使されるべきものである(静岡県普通河川取締条例第一条)。そして右管理目的に違反するような河川の機能に対する侵害行為があつたときは、管理権に基づいて当然にこれを排除することができる。この管理権は、後述するように、具体的な法令上の規定なしに行使できるものであるが、次のような諸法規によつて知事の規制権限は法令上の根拠も与えられている。

① 静岡県公害防止条例(昭和三六年条例第五二号)について

昭和四〇年三月新設された同条例第四条の二は次のように規定している。

「工場又は事業場で別表に掲げる施設(以下「特定施設」という)を設置し、又は変更しようとする者はあらかじめ次の事項を知事に届け出なければならない。

(1) 氏名又は名称及び住所

(2) 工場又は事業場の名称及び所在地

(3) 特定施設の名称

(4) 特定施設の構造及び使用の方法

(5) 公害の防止措置

(6) その他規則で定める事項」

別表5は、「パルプ、紙又は紙加工品製造業の用に供する施設で次に掲げるもの」として湿式皮むき機、洗浄漂白施設等九種の施設を指定している。

右第四条の二に基づく届出があつた場合において、その届出にかかる施設が公害を発生するおそれがあると認めるときは、知事はその届出をした者に対して当該届出にかかる計画の変更等公害防止のため必要な措置をなすべきことを勧告することができ(第四条の三)、その勧告を受けた者はすみやかにその勧告に基づく計画の変更等の措置又は除害措置をしなければならないとされる(第七条)。そして、勧告を受けた者がその措置等をしないときは、知事は公害審議会の意見をきいた上で次の二つの命令をすることができる。第一に、期限を指定して当該措置をなすべきことを命じ、第二に、その命令に従わない者に対して「除害のため必要な限度において、期限を指定して公害を生じさせている機械、若しくは装置の使用禁止、使用停止、若しくは移転、作業その他の行為の禁止、若しくは停止又は作業その他の時間の制限」を命ずることができるのである(第八条)。

このような公害防止条例上の諸権限を、本件における被告会社らの工場排水に対し有効適切に行使したならば、被告県知事は、公害を事前に防止することができ、現在のような状態を発生させなかつたであろうことは明らかである。しかるに被告県知事は右諸権限の行使を怠り、被告会社らの工場排水を放任し、なんらの規制も加えなかつたのであつて、この点において被告県知事は河川の管理を違法に怠つたものであることは明らかである。

② 静岡県普通河川取締条例(昭和三一年一〇月一六日条例第六五号)について

同条例第三条は「みだりに普通河川に土石、砂れき、竹木及びじんかいその他の汚物を投棄すること、河川附属物を損傷すること、河川の保全又は利用に支障を及ぼすおそれのある行為をすること」等を禁止し、その違反に対しては罰則を設けている(第一八条)。

また、普通河川に注水するために施設する工作物の新築、改築、除去(第四条第一項第一号ロ)、下水、工場若しくは事業場の排液、抗水等を普通河川に注水すること(同第五号)はいずれも知事の許可事項とされ、一方、同条例第一四条は「工事施行の方法又は施行後の管理の方法が公安を害するおそれが生じた場合(第一号)、普通河川の状況の変化又は許可を与えた後に生じた事実により必要を生じた場合(第二号)、この条例の規定又はこれに基づく処分に違反した場合(第三号)、……公益のため必要があると認めた場合(第六号)」には、知事は「許可の取消、その効力の停止、許可条件の変更追加、工作物の改築、除却、原状回復命令、許可された事項によつて生ずる危険を予防するための必要な設備をすることの命令」などをすることができる。

被告会社らの廃水によつて、普通河川が著しく汚濁され、公害の原因となつている以上、知事は右条例上の権限に基づき、必要があれば河川に対する廃水の制限、停止等の措置をとることができたのである。にもかかわらず、ここでもまた被告県知事はなんらの規制措置もとらなかつたのである。

③ 静岡県漁業調整規則(昭和三九年三月二八日規則第一七号)について

水産資源保護法第四条に基づく同規則第三四条第一項は、「水産動植物に有害な物を遺棄し、又は漏せつしてはならない。」と定め、同条第二項は、「知事は、前項の規定に違反する者がある場合において、水産資源の保護培養上害があると認めるときは、その者に対して除害に必要な設備の設置を命じ、又は既に設けた除害設備の変更を命ずることがある。」と定めている。また同条第三項は、工場排水規制法の適用があるまで、同条第二項により公害の除去ができることを定めているから、本件田子の浦港水域が指定され、水質基準が定められて右同法が適用された昭和四六年七月一日までは、知事は右漁業調整規則による規制の権限を有する。

④ 河川法および同法施行令について

河川法第二九条第一項は「第二三条から前条までに規定するものを除くほか、河川の流水の方向・清潔・流量・幅員又は深浅等について、河川管理上支障を及ぼすおそれのある行為については、政令でこれを禁止し、若しくは制限し、又は河川管理者の許可を受けさせることができる」と規定し、同条第二項は「二級河川については、前項に規定する行為で政令で定めるものについて、都道府県の規則でこれを禁止し、若しくは制限し、又は河川管理者の許可を受けさせることができる。」と規定している。そして、右第一項にいう政令として、昭和四五年八月七日政令第二三五号により河川法施行令に第一六条の四ないし八が加えられ、同年一一月七日から施行されたが、同条の六によれば、「異常な渇水等により河川の汚濁が著しく進行し、河川の管理に重大な支障を及ぼすおそれがあると認められるときは」、「当該支障を除去するために必要な限度において河川に汚水を排出する者に対し、排出する汚水の量を減ずること、汚水の排出を一時停止すること、その他必要な措置をとるべきことを求めることができる。」とされている。なお、右にいう「異常な渇水」とは例示であるのみならず、本件はまさに右の異常な渇水に当たるものである。すなわち、富士地方の河川は富士山の雪融水等の湧出により清澄豊富な水流を有していたが、被告会社ら多くの製紙工場が同地方に進出し、大量に地下水をくみ上げたため水位が低下し、各河川への自然流水がきわめて少なくなり、さらに一方では大量の製紙汚水を排出されて、水流稀釈も浄化も不可能となつたのであるから、まさに人為による異常な渇水というべきである。また右条項にいう「求める」とは禁止・制限の命令であつて単なる勧告ではない。すなわち、右施行令第一六条の六は河川法第二九条第一項にいう政令であることは明らかであるが、同項は「これを禁止し、若しくは制限し、又は河川管理者の許可を受けさせることができる。」と規定しているから、右施行令第一六条の六の「求める」とは禁止・制限の命令以外のなにものでもない。

⑤ 物権的請求権による差止め請求について

本件各河川は静岡県の財産であり、静岡県は所有権に比すべき強力な物権たる管理権を有している。そして伝統的な狭義の物権的請求権理論によつても、物権を有する者は、物権の内容を完全に実現することがなんらかの事情により妨げられている場合には、その妨害を生ぜしめる地位にある者に対して、その妨害を除去し、物権内容の完全な実現を可能ならしめる行為を請求することができるのである。一方、河川の管理とは、河川について洪水、高潮等による災害の発生を防止し、適正な利用・流水の正常な機能維持を図るため総合的に管理することをいい、洪水・高潮等による災害の発生の防止とは、洪水・高潮その他の異常な天然現象による災害のほか、通常の河川の状態において発生する河床の上昇もしくは低下、河岸の侵蝕または地下水のくみ上げに起因する地盤沈下による溢水等自然的原因又は人為的原因のいずれによるかを問わず、河川の流水によつて生ずる災害の発生の防止を意味し、また、流水の正常な機能とは各種廃水の稀釈浄化、塩害の防止・河道の維持・河口の埋塞防止・既得水利の取水または舟運のための水位の保持、水生動植物の生存繁殖等各種の河川に関する公利の確保または公害の除却もしくは軽減のため流水が果す機能をいう。

河川のないところに人類の生存発展はなく、特にわが国は土地の傾斜が急で山林地帯が多いため、よどむことも汚染されることも少なく豊富できれいな水が河川を流れていた。なかでも富士岳麓地方は、清冽・豊富な湧水が自然流水となつて美しい川水のまま白砂青松の田子の浦に流入していたものであり、だからこそ大量の水を必要とする被告会社ら製紙業が同地方に集中したのである。

しかるに今日、被告会社らの汚水排出により河川の流水の機能は全く失なわれ、美しい河川は事実上下水路となり、田子の浦をおとずれる人は白砂青松の海に逆さまにうつる富士を鑑賞するためではなく、有名なヘドロ公害を見分するためにやつてくるのである。

このように河川が汚れ、港湾にヘドロがたまり、その本来の機能を発揮できない以上、静岡県はその物権的請求権に基づき、「もとのきれいな河にもどせ」と妨害の排除を要求し、かつその予妨を要求する権利がある。

⑥ 不法行為による差止めについて

被告会社らは、別紙目録記載のように前記河川に大量の製紙汚水を排出しているが、右河川は、前述のとおり、富士の雪融水が地底を伝わつて湧出した流水を源流とするきわめて清澄な河川であり、二〇数年前までは最下流の沼川口附近においても水泳を楽しみ、魚を釣ることができたものである。しかるに現在では右汚水の排出のため、水泳はもとより、一匹の魚も生存しなくなつてしまい、流水の機能は停止し、悪臭、有毒ガス・ヘドロの沈積により公共の安全・公共の福祉は多大の侵害を受けた。

このような悪質な汚水排出行為は、港則法第二四条第一項違反の犯罪行為であるとともに、河川法第一条の定める目的に違反する不法行為であり、県の財産である河川に対する受忍の限度をこえた違法な侵害というべきであるから、不法行為に基づく原状回復として、県は被告会社らの汚水の排出の差止めを請求することができる。

以上のような具体的な法令上の根拠により知事の規制権限は基礎づけられるのであるが、たとえこのような具体的な法令上の諸権限がなくても、知事に河川管理権がある以上、知事は河川に対する違法な侵害行為がなされたときはこれを座視すべきでないのである。これは一般的にいつて、私人が知事の管理する公物に違法な侵害行為を行なつた場合、知事は法令上の根拠がないからといつてこれを排除できないというものではないことからみても明らかである。知事は県民から信託された県民の代表として、善良なる管理者の注意義務をもつて県の財産を管理すべき義務があり、公物に対する違法な侵害に対しては、ある場合には損害賠償を要求し、ある場合には妨害排除請求を適切に行使するなど、その財産権に内在するあらゆる権利を行使してこれを排除し、財産を保全する義務を負うものである。そしてこの知事の財産管理権は、県民より財産の管理を付託されたことから当然生ずるものであつて、なんら新しい行政法上の規程を要せず、しかも県の財産を保全する義務は一義的に定められているものというべきである。

(ウ) (結論)

以上のとおり、被告静岡県知事は、静岡県の財産である本件各河川につき、被告会社らの汚水の排出を差止める権限がありながら、その行使を怠つた違法があるので、その確認を求める。

なお、違法確認を求める対象は、正確には、監査請求の一年前である昭和四四年八月一一日から請求前日の同四五年八月一〇日までの間の怠る事実であり、その違法判断の基準時は各毎日午後一二時、遅くとも監査請求提出の日である。

(2) 港湾管理の違法の確認について

(ア) (田子の浦港は県の財産である)

田子の浦港は、住民訴訟の対象となる静岡県の財産である。

田子の浦港は、港湾法第二条第二項の重要港湾であり、静岡県は同法第三三条にいう港湾管理者としての地方公共団体として田子の浦港を管理している。すなわち、静岡県は昭和三三年来、一三〇億円という巨額の資金を投じて田子の浦港を県営港として建設してきた。そして被告会社らの工場排水によるヘドロの沈積に対処するため、毎年一億円以上も支出してヘドロを駿河湾に投棄し、田子の浦港の港湾としての機能の維持保全をなしてきたのである。

一方、港湾区域内の水域等を占有しようとする者等は、港湾管理者の長の許可を受くべきものとされ、かつ許可に当つては一定の占用料を徴収しうるものとされており(港湾法第三七条)、また、港湾管理者は入港する船舶から入港料を徴収しうるものとされ(同法第四四条の二)、そのほか本件田子の浦港においては、同港を利用して船積される貨物の荷送人等に特別使用料を納入させている。これらはいずれも港湾管理者である静岡県に納入され、同県の財政収入となつているのである。

そうすると、河川管理権について述べたと同様、港湾管理権も財産権というべきであり、地方自治法第二三八条第一項第四号の「地上権……その他これらに準ずる権利」として住民訴訟の対象となるというべきである。

(イ) (公の施設の管理の違法と住民訴訟)

地方自治法の昭和三八年の改正前の旧規定では、「営造物の違法な使用」が監査請求・住民訴訟の対象となる行為として掲げられていたが、現行規定では公の施設の違法な使用は掲げられていない。しかし、このことは、公の施設の違法な使用を監査請求・住民訴訟の対象から除外する趣旨ではなく、現行規定にいう「財産」の管理のなかに含める趣旨と解される。これは右昭和三八年の地方自治法の改正が特に従前の住民訴訟制度を縮少したものではなく、かえつて旧制度を拡充整備したものであることから当然である。

そうすると、本件田子の浦港は県営港であつて、静岡県の施設=営造物であるから、住民訴訟の対象となるものというべきである。

(ウ) (本件港湾の管理は違法である)

静岡県は田子の浦港の管理者であり、静岡県を代表する執行機関である被告県知事は、港湾管理権の作用として、ヘドロの流入の停止・除去を命じ得る権限を有するのに、その権限の行使を怠つた違法がある。

港湾の管理は、本来、住民の福祉の増進を目的として行なわれるべき公共事務の性質を有し、その内容は港湾を良好な状態に維持し、港湾の利用に関する秩序を保持して港湾の利用を増進させることである。しかるに、被告会社らが大量に排出する製紙カスその他の有害物質を含んだ汚水が本件田子の浦港に流入し、ヘドロとなつて港内に沈積し、港内水深を浅くし有害ガス等を発生させ、その結果港湾能力が著しく低下していることは前述のとおりである。これはとりもなおさず、港湾施設を良好な状態におくことを怠つたことであり、被告県知事の港湾管理に瑕疵があつたことになる。

そして、港湾管理者は港湾管理権に基づき本件ヘドロの除去を命ずる権限を有するものである。すなわち、港湾管理者は港湾区域内の水域および港湾施設を良好な状態に維持すべき義務があり、港湾区域内における船舶航行に支障をおよぼすおそれがある物の除去をなすべき義務がある(港湾法第一二条第一項、第三四条)。港湾管理者にこのような義務がある以上、港湾管理者はその管理権に基づき航行障害物の除去の命令を発する権限を有する。また静岡県は港湾管理権の行使のために静岡県港湾管理条例(昭和三六年静岡県条例第五四号)を制定し、その管理権行使を規制しているが、同条例第三条によれば、港湾施設を損傷するおそれのある行為またはその機能を低下させる行為を禁止しており、その禁止に違反した者には二、〇〇〇円以下の過料の制裁が科されることになつている。そしてここでいう港湾施設とは港湾法第二条第五項第一号から第一三号までに掲げる施設で県が管理するものをいうとされる(同条例第二条(3))から、水域施設・航路・泊地・船だまりを含むものであり、本件ヘドロがこれらの機能を著しく低下させていることは明らかであるから、知事はその除去ないし流入の停止を命じ得るというべきである。さらに港湾管理者は自らの管理権の作用として水域の利用を規制する権能を有する(このことは管理条例によつても明らかである)。その規制のなかには、他のものの水域の利用が妨げられないようにすることが当然含まれる。したがつて、水域に航行障害物を放置した場合、管理権の作用によつてその除去を命じることは一般的に当然可能である。港湾法第一二条第一項第一号は、この当然のことを明示したものであり、その故にこそ管理条例は第三条を設け、さらに過料の制裁の規定を設けたのである。なお付言するに、港湾を良好な状態に維持するための作用として、いわゆる公物警察作用があり、港則法第二六条の港長は航行障害物の除去命令を発し得る旨の規定はこの警察権の作用としての港長の権限を定めたものである。しかし、それだからといつて、航行障害物の除去命令は港長のみがなし得ると考えるのは誤りであり、営造物の管理権に基づきかかる命令を発することができるのである。

なお、そのほか、ヘドロ排出の差止めの根拠としては、前述の河川管理の違法について主張した、①静岡県漁業調整規則(昭和三九年三月二八日規則第一七号)第三四条第一、二項、②物権的請求権による差止め請求、③不法行為による差止め請求の三つを港湾管理の違法についても主張する。

そして、以上のような工場廃水の排出を停止せしむべき権限がある以上、その行使を怠つたのは違法である。行政機関にある権限が与えられている場合、その権限を行使するか否かは、一般にはその行政機関の判断裁量に委ねられ、権限行使をしなかつたからといつて直ちに違法となるものではないとされるが、本件のような公害行政の場合には、このことは妥当しない。公害行政は人の生命・健康等が一部企業の営利活動の犠牲にされることを抑制するという積極的な目的をもつ作用であるから、従来の警察下命に妥当するような比例の原則・消極目的の原則等は妥当せず、権限の不行使は違法となるものというべきである。

(エ) (結論)

以上のとおり、被告静岡県知事は、静岡県の財産である本件田子の浦港につき、被告会社らの汚水の流入を停止せしめるべき権限を有しながら、その行使を怠つた違法があるので、その確認を求める。なお、その違法確認を求める期間は、前記河川の場合と同じく、昭和四四年八月一一日から同四五年八月一〇日までである。

4  (被告竹山祐太郎に対する損害賠償請求)

被告竹山祐太郎は静岡県知事として、田子の浦港に沈積するヘドロのしゆんせつ工事のため、昭和四四年度において金一二一、八〇三、〇〇〇円の県費を支出した。しかしこの莫大な県費の支出は次の理由により違法である。

(1) 右しゆんせつ工事は、田子の浦港内にあつたヘドロを再び港内外に投棄したものであつて、港内等における廃物の投棄を禁止した港則法第二四条第一項に違反し、同法第四一条の罰則の規定に該当する犯罪行為であり、またそれは漁業に重大な被害を与えるものとして、水産資源の保護・育成等を目的とする前記静岡県漁業調整規則第三四条に違反するものである。したがつて、かかる違法行為をなすための県費の支出が違法であることは当然である。

(2) 被告会社らが前記汚水を排出する行為もまた右港則法第二四条第一項に違反する犯罪行為であり、これが原因で港内にヘドロが多量に沈積し、静岡県の管理する港湾施設が損害を受けたのである。そうすると、被告会社らは右不法行為によつて生じた損害を連帯して静岡県に賠償すべき義務があるものというべく、被告竹山祐太郎は静岡県知事として被告会社らに対し右損害賠償の取立てあるいはヘドロの除却を命ずべきであつたのである。ヘドロ排出を差止められる根拠については前出(一)の3の(1)の(イ)を援用する。しかるに被告竹山はこれをしないでヘドロのしゆんせつ工事をし、そのために県費を支出したのは違法である。すなわち、自己の財産であれば、それが他人に侵害されてもこれを受忍し、損害賠償請求権を放棄することは自由である。しかし依頼されて他人の財産を管理する者が、第三者の行為によりその財産を侵害され損害を被つたのに、損害賠償請求権を行使せず、依頼者に損害を負担させることは許されない。物の借主が第三者にその物を毀損されたのに、損害賠償請求・原状回復請求をしなかつた場合には、その借主が所有者に対して損害賠償義務があることは当然である。

(3) 港湾法第四三条の三によれば、第三者の行為のため必要を生じた港湾工事の費用はその原因者の負担とすると規定されている。本件ヘドロしゆんせつ工事は、被告会社らの汚水の排出のためその必要が生じたものであることは明らかであるから、その費用は原因者である被告会社らに負担を命ずべきものであつた。しかるに被告竹山祐太郎はこれをも怠り、漫然右工事のため県費を支出したものであるから、この公金の支出は違法である。

以上のとおり、被告竹山祐太郎は静岡県知事として昭和四四年度に巨額な県費を違法に支出して静岡県に損害を与えた。

よつて、原告らは静岡県民として静岡県に代位して被告竹山祐太郎に対し右金一二一、八〇三、〇〇〇円の内金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の支払および右県費は遅くとも昭和四五年三月末日までに支出されたから、その翌日である同年四月一日以降右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  (被告会社らに対する損害賠償請求)

すでに述べたように、被告会社らは沼川・滝川・潤井川等に多量の製紙汚水を排出し、それらはいずれも田子の浦港に流入している。この汚水に含まれている懸濁物は日量五、〇〇〇トンにおよび、そのうち約三、〇〇〇トンが田子の浦港に沈積し、この沈積物たるヘドロをしゆんせつするため、静岡県は昭和四四年度において金一二一、八〇三、〇〇〇円の支出を余儀なくされた。このしゆんせつ費用は、次の理由から被告会社らにおいて負担すべきものである。

(1) (ヘドロ原因者の明白性)

田子の浦港のヘドロは、製紙汚水が原因であることは明白である。

決して家庭廃水が原因ではないし、富士山の大沢崩れ、潤井川などの自然流下土砂、さらには漂砂などの影響もさしたるものではない。なぜなら、これらの自然現象による港内に堆積する土砂の必要しゆんせつ量は、せいぜい年間三ないし五万立方メートルにすぎないのに、昭和四四年度の田子の浦港のしゆんせつの総量は実に一四九万立方メートル余にもおよぶからである。

紙・パルプの製造工場からは、原料の歩留りの著しい低さから大量の懸濁物を含む廃水が各河川に排出されてきた。この原料の歩留りは五〇ないし七〇パーセントにすぎず、木材成分の三〇ないし五〇パーセントは溶解性物質・浮遊物質・コロイド性物質として排出されるものであり、これがヘドロの原因となるのである。

被告会社らの所属する製紙企業協会

が、製紙汚水による漁業被害に対し、漁民にささやかながらも一定の補償をしてきたことからしても、ヘドロの原因が製紙汚水であることを被告会社らが自ら認めている証左である。

(2) (被告会社らの寄与率が五割以上であること)

ヘドロの原因となる製紙汚水の少なくとも五割以上のものが、大手製紙会社たる被告会社四社によつて排出されていることも明らかである。

すなわち、昭和四五年二、三月になされた東京大学大学院都市工学科の学者・学生による静岡県岳南地区水質汚濁発生源調査によれば、被告大昭和製紙の吉永工場から排出される汚水量((懸濁物(SS)))の量は一日あたり二三万トン(うちSSの量は77.9トン、以下かつこ内はSSを示す)、同鈴川工場からは15.14万トン(八一トン)、同富士工場からは21.2万トン(一三八トン)、被告興亜工業は約12.8万トン(約四四トン)、同大興製紙は12.5万トン(六九トン)、同本州製紙は8.5万トン(四一トン)であつて、これを富士地区の汚水総負荷量に対する割合でみると、被告大昭和製紙は合計三二パーセント(SSについては三三パーセント)、同興亜工業6.8パーセント(4.9パーセント)、同大興製紙6.7パーセント(7.7パーセント)、同本州製紙4.5パーセント(4.6パーセント)に達し、これら被告四社の合計は五一パーセント(50.2パーセント)になる。

(3) (汚水排出行為が不法行為であり、しゆんせつ費用はその損害であること)

(ア) 被告会社らの製紙汚水排出行為は港則法第二四条、河川法第一条、第二条に違反する不法行為である。

被告会社らの製紙汚水排出の結果、本件河川および田子の浦港は製紙汚水・ヘドロでうめつくされ、河川や港の機能が著しく破壊されたのであるから、被告会社らの汚水排出行為はまさに河川の適正な利用を阻害し、「みだりに」、「ごみその他これに類する廃物」を港の境界外一万メートル以内の水面に捨てた行為にほかならない。

(イ) さらに、被告会社らの汚水排出は、静岡県の財産を故意に侵害する共同不法行為である。

前述のとおり、本件河川および田子の浦港は静岡県の財産であるが、この河川および港に対して、河川本来の機能を根本的に破壊し、港の機能を重大にまひさせたことは、製紙企業の生産活動上ある程度の汚水の排出が不可避だとしても、明らかに限界をこえた不法行為である。

製造工程から生ずる排水を一般の河川等に放出して処理しようとする場合においては、最高の分析検知の技術を用い、排水中の有害物質の有無・その性質・程度等を調査し、その結果に基づいていやしくもこれがため生物・人体に危害を加えることのないよう万全の措置をとるべきである。また他人の財産であつて、しかも公共性の強い河川・港を侵害しないよう万全の措置をとるべきであり、万全の措置をとつてもなお汚水の排出が不可避であるのであれば、直ちに操業を停止すべきであつたのである。

(ウ) このように被告会社らの港則法等違反行為・民法第七〇九条の不法行為の結果、田子の浦港はその機能をまひし、港本来の機能を保つにはヘドロをしゆんせつする以外方法はなくなり、港内の一部のヘドロをしゆんせつして港内の他の場所に廃棄するという、方法としては拙劣な手段がとられるに至つた。したがつて、ヘドロのしゆんせつのための費用の支出は、被告会社らの製紙汚水の排出という共同不法行為と相当因果関係があることはいうまでもなく、静岡県は被告会社らに対し、ヘドロしゆんせつ費用について損害賠償請求権を有する。

(エ) 本件ヘドロしゆんせつのための公金の支出は、地方財政法第二条に違反する違法もしくは不当な支出である。ヘドロの原因者が明白なのに、被害の除去に必要な費用を県費から支出するのは、公金を特定企業のために専ら支出することとなり、財政の健全さを阻害するものである。

また、公害対策基本法第二二条第一項は「事業者は、その事業活動による公害を防止するために、国又は地方公共団体が実施する事業について、当該事業に要する費用の全部又は一部を負担するものとする。」と規定し、さらに公害防止事業費事業者負担法は右趣旨を具体化し、しかもその負担は公害防止事業の施行者が一方的に賦課する公法上の金銭債権の性格をもつ(強制徴収も可能)ものとされている。これは公害防止費用を原因者が負担すべきことが当然であつて、公金を支出することがいかに不公平なものであるかを示している。昭和四四年度の段階で右のうち事業者負担法は成立していないとしても、前記の理由および公害対策基本法の趣旨からして原因者である被告会社らがヘドロしゆんせつ費用を負担すべきである。

(オ) 以上のとおり、静岡県は被告会社らに対し、ヘドロしゆんせつ費用を請求する権利があるのにその権利行使を怠つているので、原告らは地方自治法第二四二条の二第一項第四号後段により静岡県に代位して、共同不法行為者たる被告会社らに対し、前記金一二一、八〇三、〇〇〇円の内金として各自金一〇、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する右県費は前記のとおり昭和四五年三月三一日までに支出されたものであるから、その翌日である同年四月一日から右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

6  (被告会社らに対する妨害排除請求)

すでに述べたとおり、被告会社らは大量の製紙汚水を河川・岳南排水路を通して田子の浦港に流入させて港湾・海洋を汚濁し、田子の浦港の船舶航行の安全を妨げ、ヘドロより発生する硫化ガス等により附近住民・港湾船舶関係労働者・漁民等の健康をそこなうと共に、同港内にある船舶の船体・スクリュー等を腐蝕させて船舶の往来を危険ならしめ、さらに田子の浦港を越えて駿河湾に流出する汚水によつて魚類その他の水産動植物を死滅させるなど、水産資源に有害な影響を与えている。

(1) 被告会社らは、右製紙汚水を処理し、清浄な水として排出する義務がある。

すなわち、被告会社らは、港則法上港の境界外一万メートル以内の河川水面に多量の廃物を含む汚水を捨てて港則法第二四条第一項違反の犯罪行為をし、また近時右製紙汚水によるヘドロの沈積が著しく、田子の浦港吉原埠頭は全面使用停止、その他の埠頭も水深が浅くなつて船舶の往来に危険を来たし、大型船は入港を拒否し、あるいは一たん清水港に入港し積荷の一部をおろして後田子の浦港に入港するなど船舶往来の危険が生じている。被告会社らは右事実を十分知りながら、なおあえて製紙汚水の排出を継続しており、これは明らかに刑法第一二五条第二項後段に当たる行為である。かかる犯罪行為は、当然、即時これを停止しなければならないものである。

(2) 静岡県知事および静岡県は、前記静岡県知事の河川管理の違法および港湾管理の違法について主張したとおり(前記3の(1)の(イ)および3の(2)の(ウ)参照)、被告会社らが製紙汚水を排出する行為を差止める権限を有する。

(3) よつて、原告らは静岡県の住民として、地方自治法第二四二条の二第一項第四号により、静岡県に代位して被告会社らに対し、懸濁物質(SS)一〇PPM、生物化学的酸素要求量および化学的酸素要求量各五PPM、硫化物0.3PPM以上を含む汚水の排出の停止を求める。

今日の田子の浦港周辺にみられるごとく、わが国にはいたるところにおいて著しい環境破壊が進行している。しかるにこれに対する国および地方公共団体の公害対策は、常に企業本位であつて、企業ペースの経費で可能な数値を算出し、これに基づいて基準を設定するというものであつた。このように国および地方公共団体が企業本位の公害規制しか行なわず、自然環境の保護を怠たるのであれば、われわれ住民は、憲法第二五条によつて保障されている健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を確保するため、すなわち生命と暮らしを守るためシビルミニマムとして被告会社らに対し、右差止め請求を行なわざるを得ない。そして、原告ら住民が自然環境を享受する権利を確保すること、すなわち、魚が生棲する河川で住民が釣りや水泳を楽しむことができるような自然環境を維持するためには前記基準以上の汚水を排出させないことが必要である。

7  (住民監査請求)

原告らは、右理由から、昭和四五年八月一一日、静岡県監査委員に対し、

(1) 竹山祐太郎が違法不当に支出した昭和四四年度の田子の浦港のしゆんせつ費一五〇、〇〇〇、〇〇〇円を同人をして静岡県に返還させること

(2) 今後、静岡県知事をして公金によつて汚泥処理プラントを維持管理させないこと

(3) 大昭和製紙株式会社等の大製紙企業にしゆんせつ費用を負担させること

(4) ヘドロをしゆんせつする場合には、住民の保護・衛生を考慮し、悪臭・硫化ガスを発生させない方法で行なうこと

(5) しゆんせつしたヘドロは、住民の生命・身体および財産、漁民の生命・身体およびその生活の糧である漁業資源に有害な影響を与えない方法で廃棄処分すること

等の静岡県知事に関する措置を求めた。

これに対し、静岡県監査委員は昭和四五年一〇月九日付で、監査結果として原告らの右措置要求は理由がないと通知した。その理由は「田子の浦港にヘドロが沈積したのは住民がヘドロのしゆんせつ・廃棄に反対したためである。同港のヘドロしゆんせつ・廃棄の費用は負担金および港湾使用料によつてまかなわれており、また通常の港の維持管理費の域を出ていない。ヘドロのしゆんせつ・廃棄は港湾施設を良好な状態に維持するためのものであり、しかも港則法第三一条により海上保安庁の許可を得て行なわれたものであつて適法である。したがつて、知事の本件公金の支出はなんら違法不当なものではない」というのである。

しかしながら、右監査結果は全く不当なものであつて、原告らはこれに承服することはできないので、地方自治法第二四二条の二に基づき住民訴訟に及んだものである。

しかし本件訴訟の実質は、田子の浦港水域における製紙企業の工場廃水をめぐる公害訴訟である。本件訴訟で問われているのは、ほしいままに製紙汚水を排出してヘドロ公害を発生させた被告ら企業の公害責任と、これを放置したのみか県費を支出してその尻ぬぐいをした静岡県知事の公害行政責任である。

(二)  被告らの本案前の主張

1  被告静岡県知事の本案前の主張

(1) 地方自治法第二四二条の二第一項第三号にいう「怠る事実の違法確認の請求」とは、ある一定の要件事実があるときには執行機関において一定の行為をすることが一義的に義務づけられている場合において、要件事実が存するにかかわらず執行機関において義務づけられた行為をしないこと――このようなときにおいてのみ、その怠る事実の違法確認の請求を認めたものである。行政機関がある行為をすることが義務づけられていず、当該行為について裁量の余地がある場合は、右規定による住民訴訟の審判の対象とならないというべきである。

被告静岡県知事は、県政を県民から付託されている者として、その責任と判断に基づき田子の浦港およびそれに流入する河川の汚濁の問題については、法令上可能な限りの努力を尽しているのであるが、その努力について種々の批判等があり得るとしても、一般的にいつて、行政機関として行なう行為に非権力的な行政指導、勧告といつたものから、権力的な下命行為等と種々の段階の行為があり得るわけであり、これらの行為を「いつ、どのように行なうか」は、まさに県知事が政治責任をもつて判断すべきことで、そこに違法の問題が生ずる余地はなく、また司法裁判所の判断に親しむことでもない。

(2) 前同条の二第一項の「怠る事実」は財産の管理について問題とされるものであるが、本件各河川および田子の浦港は静岡県の財産ということができない。すなわち、地方自治法上財産は同法第二三七条以下に規定され、同法第二三八条第一項は、公有前産につき七号にわたり制限的に列挙しており、しかも公有財産は地方公共団体の所有に属するものを指すことも明らかであるが、本件各河川および田子の浦港は右の財産の概念に該当しない。

(ア) まず、河川については、潤井川、沼川、滝川は二級河川としてその管理については静岡県知事が機関委任されているが、河川(水域および流床)については静岡県の所有ということを認める余地はなく、したがつて財産(不動産)にも当らない。旧河川法第三条に「河川並其ノ敷地若ハ流水ハ私権ノ目的トナルコトヲ得ス」と規定されているのは、国家の私権も含めて私権を否定する趣旨であり、同法改正後には同旨の規定はないが、理論的には同一に解され、国家の所有という観念を入れる余地はあつても、地方公共団体の所有という観念を入れる余地は全くない。

さらにこれを詳説すれば、河川は、直接一般公衆の共同使用に供されている公共用物であり(河川法第二条)、国の公物に属する。この国の公物であることは、河川管理体制すなわち河川法の内容から帰結される。すなわち、旧河川法においては、河川の管理はあげて地方行政庁たる知事に属するものとされていた(旧河川法第六条)。新河川法においては、一級河川については建設大臣が管理するものとされ、二級河川については当該二級河川の存する都道府県ではなく、これを統轄する県知事が管理するものとされている。これは、地方公共団体の機関が国の事務の委任を受けて管理する体制をとつているもので、この管理体制については、旧法の思想を踏襲しているものと解される。河川法第一〇条において「二級河川の管理は、当該河川の存する都道府県を統轄する都道府県知事が行う」とあるのを実定法上の根拠として、管理主体は県であり単なる知事の管理と違うと解するのは全く誤りである。けだし、右条文の意味は、二級河川の管理は県知事が行うことを規定し、その知事を特定して「当該河川の存する都道府県」の知事の権限であるとの職務管轄を定めたものであつてそれ以上の意味はないからである。

河川法施行法第六条第二項および河川法施行令附則第四条を根拠に、二級河川の管理を県の事務と解することはできない。二級河川の管理が機関委任により県知事の権限とされている場合において、建設大臣がそれを行う場合「代わつて行う」という文言を使用するのは当然である。

地方自治法別表第三、一、一一一は、機関委任事務を定めたもので、二級河川の管理を含むものである。右別表の文言中「指定」は「二級河川及び河川区域」とかかるものであり、これも当然国の機関としての知事が行う事務である。右別表にいう「河川の管理」から二級河川の管理を除外する合理的な理由はない。

また公物管理権を財産権と解することはできない。公物管理権というのは、河川についていえば、公物の指定、変更廃止、維持修繕、使用規制、許可特許というようなもろもろの管理権者に与えられた権能の総和をいうものであつて、それは権利=財産権というものではなく、行政機関がその所掌事務について国家意思(地方公共団体意思)を決定し表示し得る能力たる「権能」である。したがつて、このような河川管理権を地方自治法第二三八条第一項第四号の「地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利」に含まれると解することはできない。そもそも右同号の規定の地上権等の権利が例示であるとしても、これらに準ずる権利とはそれらに類似する用益物権または用益物権的権利を指すものであつて公物管理権とははるかに遠い存在である。また、公物管理権は、権限がどの機関の分掌するところに属するかの問題であつて、「所有」という権利主体と物との関係にはなじまない概念である。さらに、河川管理権の一作用として、流水占用料等を徴収する権限があることから、河川管理権の財産権を根拠づけることもできない。このような占用料が県の収入になることは事実であるが、これは国と地方との財政分配の問題にすぎず、また行政機関の許認可行為により私人の取得した権利が一種の財産権として取引の対象となることはあり得るが、それだからといつて許認可権そのものが財産権になると考えることはできない。

なお、田宿川、瀬戸川には静岡県普通河川取締条例の適用はない。同条例は昭和四五年一〇月九日静岡県条例第四六号「静岡県普通河川取締条例を廃止する条例」により廃止されたものである。地方自治法第二四二条の二の訴訟において「財産の管理の違法」を問題とするならば、当然、現在財産として所有しているものの現在の違法の確認でなければならないことはいうまでもないから、右条例が廃止された以上、右田宿川、瀬戸川に関する管理の違法確認の請求はその適格性を欠くものというべきである。

(イ) 次に田子の浦港についても、その水面および水面下の土地について地方公共団体としての所有を認めることはできず、したがつて県の財産に当たらないというべきである。むしろ公有水面埋立法第一条の規定からすれば、法律は田子の浦港の水面および水面下は国有と考えているものと解される。

そのほか田子の浦港についても前記河川について主張した法理がそのままあてはまるというべきである。ただ田子の浦港については静岡県が港湾管理者であるが、その管理権があることの故にその対象たる物的・人的施設が当然に「財産」に該当するということができないことについては再論するまでもないと思われる。もつとも、静岡県港湾管理条例において「港湾施設」として「港湾)法第二条第五項第一号から第一三号までに掲げる施設で県が管理するもの」と規定されているが、田子の浦港における県の所有する地方自治法第二三八条第一項第二号所掲の浮標、浮桟橋、浮ドックの存在を前提としてその管理を問題にするというならば、それが財産だということになるが、その場合は本件訴訟の審理の対象は全く別のものとなるであろう。

(ウ) そもそも地方自治法第九章の財務に関する規定は、昭和三八年六月八日法律第九九号により全面改正されたものであり、「財産」に関する管理の体制を整備し、その責任の所在を明確化したものである。従前「財産及び営造物」として一括して規定されていたものを「財産」については財産管理面から、営造物については「公の施設」として新たに第一〇章を設け行政管理面から、それぞれ規制を加えることとしたものである。そして、財産については、国有財産法の例にならい、その範囲を明確化し、それについて貸付け・譲渡売買等の「財産」の財産価値の増減を及ぼすおそれのある行為について規制をしたものである。したがつて、河川・港湾のように地方公共団体の所有ではなく、財産的価値の維持、保存の問題にならないものについては、本来「財産の管理」の問題ではなく、地方自治法第二四二条の二の訴訟の対象にならないものである。

以上のとおり、原告らの本件訴は訴訟の対象にならない事項について訴を提起したものとして不適法であるから却下されるべきものである。

(3) 原告らの主張によると、被告県知事に対する本件請求の対象となるのは、監査請求の一年前である昭和四四年八月一一日から請求前日の同四五年八月一〇日までの間の怠る事実であるとされる。そうすると、原告らの本件訴は、過去の事実の確認を求めるものとして、明らかに不適法なものであるから却下されるべきである。

地方自治法第二四二条の二第一項第三号の「当該怠る事実の違法確認」とは訴訟類型としては確認訴訟の範疇に属する。そして確認訴訟の場合、これを訴訟という型で司法制度の一環に組入れることになれば制度の目的・使命に照らして取り上げるべき事柄に一定の制約が加わるのは当然であり、そこに「裁制所の裁判によつて即時に確定されるということについての法的な利益」、いわゆる確認の利益という要件が要求されてくることになる。

「不作為」・「怠る」という概念は、必らず期間という巾との対象において考えられるものであり、連続して動いている一連の行為とつてみても、期間の区切り方いかんによつては、怠つているとも評価できるし、次の区間には怠つていないと評価できる場合もある。したがつて、原告ら主張のように過去の一定期間の怠る事実の違法確認を求めることは不適法である。

さらに、監査請求後において「怠る行為」がなされた場合、監査請求はその目的を達したわけであるから、訴訟において過去の一時点の違法性を確認する利益はない。

怠る事実の違法確認訴訟においても、行政事件訴訟法第四三条第三項、第四一条第一項の準用により、同法所定の「不作為の違法確認の訴」と同様、同法第三三条の拘束力が生ずるのであるから、不作為の違法確認訴訟において、口頭弁論終結時まで不作為が継続していることが必要で、それまでになんらかの作為(処分)がなされると訴は利益を欠くものとして却下されるとすれば、怠る事実の違法確認訴訟をこれと別異に解しなければならない合理的理由はない。

2  被告大昭和製紙の本案前の主張

(1) (請求の趣旨第4項の請求について)

原告らの主張する河川はいずれも二級河川であるが、河川は一級河川はもちろん、二級河川も国の公物であり、一級河川は建設大臣が、二級河川は県の長たる知事が国の機関として管理しているものである。そして県の長たる知事が行う河川管理はいわゆる機関委任事務であつて、県固有の事務ではない。一方、地方公共団体の自治の原則に基づいて認められた地方自治法第二四二条の二の住民訴訟制度は、いわゆる機関委任事務には及ばないものというべきであるから、二級河川の管理に関する事務を対象とする本件訴訟は不適法というべきである。

仮に河川管理事務が機関委任事務でなく、静岡県が河川管理者であるとしても、被告大昭和製紙の排出する排水の生物化学的酸素要求量、化学的酸素要求量、硫化物の量を一定量以下に制限することを求める訴は不適法である。すなわち、原告らが静岡県に対してした監査請求の内容は、静岡県はヘドロのしゆんせつ費を支出したが、これをヘドロの原因となつた製紙カス等の懸濁物を含む排水を排出した被告会社らに負担させなかつたことが違法ということであつて、そこでは生物化学的酸素要求量、化学的酸素要求量、硫化物の量は問題にされなかつたのである。これらはヘドロの原因とは関係がないのみならず、右のとおり監査請求の内容とされなかつたのであるから、排出差止めを求める排水の水質を懸濁物以外に拡張することは住民訴訟の要件を欠き不適法である。

(2) (請求の趣旨第3項の請求について)

原告らの請求の趣旨第3項の請求は、要するに、被告大昭和製紙らが河川に工場廃水を排出し、その結果田子の浦港にヘドロが沈積したため、静岡県においてこれをしゆんせつした。このため静岡県は昭和四四年度に一二一、八〇三、〇〇〇円の支出をしたが、これは被告大昭和製紙らが不法に廃水を排出したことによるものであるから、同被告らは県に対して損害賠償責任があるというのである。そうすると、原告らの主張によれば、損害発生の根本原因は右被告らが河川に工場廃水を排出したことに帰するが、河川に関する事務は、前述のとおり、静岡県の長たる知事が国の委任を受けて国の機関として行うものであるから、この河川管理に伴う不法行為の損害賠償等も住民訴訟の対象になり得ないものである。

3  被告本州製紙の本案前の主張

(1) 原告らの被告本州製紙に対する請求の趣旨第4項の請求は、地方自治法第二四二条の監査請求を経ていないので不適法である。すなわち、原告らが本訴請求の前提としてした監査請求は、原告ら主張の請求原因第7項記載のとおりであつて、原告らが本訴の請求の趣旨第4項で被告本州製紙に求めているような措置は、右監査請求の内容となつていない。よつて、右請求はその前提を欠く不適法なものであるから却下されるべきである。

(2) 原告らの請求の趣旨第4項の請求は、地方自治法第二四二条の二第一項第四号の「怠る事実に係る相手方に対する妨害排除の請求」であると考えられるが、そのうだとすれば、県知事その他県の執行機関がかかる妨害排除の請求をなしうる権限を有しなければならず、また、その権限の行使を怠ることが違法でなければならないはずである。しかるに県知事その他県の執行機関にはかかる請求をなしうる権限はなく、したがつてまたこれをしないことが違法となるものでもない。よつて右請求は不適法として却下されるべきである。

(3) 原告らの被告本州製紙に対する請求の趣旨第3項および第4項の請求に対し、いずれもその却下を求めるが、その理由については被告静岡県知事が本案前の答弁として主張するところを援用する。とくに、本件河川および田子の浦港が財産に当たらないことについては丁・戊・巳・癸第一号証(鑑定書)のとおりであり、原告らの本訴請求は住民訴訟の対象たり得ないものとして不適法である。

(三)  被告らの請求原因に対する答弁および主張

1  被告静岡県知事の答弁および主張

(1) 請求原因第1項記載の事実を認める。

(2) 同第2項記載の事実のうち、田子の浦港が静岡県の管理する重要港湾であり、これに原告ら主張の各河川が流入していること、別紙目録記載の工場排水の排出場所のうち番号一、三、六の各排出場所が原告ら主張のとおりであること、各河川が被告会社らの工場排水により汚濁していること、被告県知事がヘドロの投棄をしたこと、昭和四五年七月しゆんせつ作業中の作業員が硫化水素ガス中毒になつたこと、駿河湾にサクラエビが大量に生息していることおよびヘドロから水銀・カドミウムが検出されたことはいずれも認める。ヘドロが船舶の船体、漁業および魚類に与える影響、硫化水素ガスによる被害については不知、その余の事実はすべて否認する。

各河川の汚濁は、被告会社らの工場排水がその原因の全部ではなく、富士地区の多数の工場および都市下水、さらには富士山大沢崩れの土砂が流入しているためであつて、各河川が被告会社らの専用排水路となつているものではない。またヘドロから検出された水銀は0.131PPM、カドニウムは0.330PPMであつて、この程度のものは泥質中には一般的に含まれることがあるものであり、魚介類に水銀・カドミウムが含有されていることもむしろ一般的であつて、駿河湾内の魚介類が特別に高い含有度を示しているものではない。

(3) 請求原因第3項記載の主張はすべて争う。

(ア) 同項(1)の河川管理の違法確認の主張について

① 原告らの主張する沼川以下の各河川は住民訴訟の対象となる静岡県の財産ではない。この点についての詳細は、前記被告静岡県知事の本案前の主張(二の(二)の1の(2)の(ア)および(ウ))記載のとおりである。

② 原告らは、知事には河川に対する工場排水を規制する権限があると主張するが、知事にはこのような権限はない。

(ⅰ) まず、原告ら主張の静岡県公害防止条例(昭和三六年条例第五二号)については、同条例第四条の二および三、第七、八条の各規定が原告ら主張のとおりであり、被告静岡県知事が右第四条の三の勧告および第八条の命令をしなかつたことは認めるが、同条例第三条は、「知事は、審議会の意見を聞いて、公害の基準を定め県の公報で公示しなければならない」と規定しているところ、右基準は未だ定められていなかつたため、右勧告および命令をすることができなかつたものである。すなわち、工場排水はもともと水質保全法および工場排水規制法による規制を予定しているところ、静岡県富士地区においては右水質保全法第五条第一項の指定水域の指定は昭和四五年一〇月一日になされ、また浮遊物についての水質基準は昭和四六年七月一日以降から適用されることとなつたものであり、このように水質基準法第一条に掲げる目的に則した基準が国家法においても未だ定められていなかつたこともあつて、静岡県において右条例第三条の基準を定めるに至らなかつたものである。また、同条例第八条第二項は「公害を生じさせている機械若しくは装置の使用禁止」等の下命行為を規定したものであるが、そこにいう「公害」とは同条例第二条により「静岡県公害審議会の意見を聞いて除害を必要と認めた」ことを前提とするものであるところ、右のとおり水質保全法等との関係から未だ県知事の認定はされていない。したがつて条例第八条第二項の権限はその発動の前提を欠いているものである。

仮に原告らの主張するように、公害防止条例上、被告県知事に種々の規制権限が与えられていたとしても、それは県知事に対して権限の行使を義務づけているものではなく、その権限の不行使について違法の問題は生じない。およそ行政機関に対して種々の権限が与えられている場合、その権限をいつどのように行使するかは、その行政機関の判断裁量に任されているものであり、それを行使しなかつたからといつて直ちに違法となるものではない。また前記条文の文言上からいつても、知事の権限行使の要件を規定していることが直ちに権限行使を義務づけるものと読むことはできない。

さらに原告らは公害防止条例上の知事の諸権限を有効適切に行使したならば現在のような状態を発生させなかつたであろうと、主張するが、なにが有効でなにが適切かは裁判所の司法審査に親しむものではなく、このような問題の解決のためには「法廷へ行くべきではなく、投票場へ赴くべきものである。」。このことは、本来、住民訴訟が地方公共団体の財務会計の運営に対する司法統制として立法されたことからも当然のことというべきである。

(ⅱ) 次に原告らは、静岡県普通河川取締条例(昭和三一年一〇月一六日条例第六五号)に基づいて知事は排水を規制する権限があると主張するが、前述のとおり(被告静岡県知事の本案前の主張―二の(二)の1の(2)の(ア)参照)、右条例は、昭和四五年一〇月九日廃止されたものであり、いわゆる違法判断の基準時である口頭弁論終結時に存在していないから、右条例を根拠に河川管理の違法を主張することはできない。

(ⅲ) 原告らの静岡県漁業調整規則(昭和三九年三月二八日規則第一七号)に基づく主張については、同規則第三四条の規定が原告ら主張のとおりであることは認めるが、これにより被告県知事に排水規制の権限があるとの主張は争う。

(ⅳ) さらに原告らは、河川法および同法施行令に基づく規制の権限について主張するが、原告らの主張する河川法施行令第一六条の六は、昭和四五年八月七日に政令第二三五号として公布され、同年一一月七日から施行されたものであり、したがつて、右同条施行前においては、河川法第二九条第一項に規定する政令の定めが存在しなかつたので、河川管理者たる知事としては同条による河川管理上の措置をとることができなかつたものである。

また、右施行令第一六条の六の規定の文言は原告ら主張のとおりであつて、「異常な渇水等により」、河川の汚濁が「著しく進行した」……と認められるときに、汚水の排出を一時停止することその他必要な措置をとるべきことを「求めることができる」というものである。してみれば、右権限は単なる勧告をする権限にすぎないと解され、しかも、河川管理の支障を除去するために必要な限度に限られ、全面的な汚水の排出の停止を求めることまでは含まれていないのである。右同条は本来異常な渇水の場合を予想して立法されたものであるが、仮にこれを工場排水による河川の汚濁に適用することができるとしても、右のとおり限定された、しかも極めて専門的、技術的な行政指導を要求し、その範囲における権限を付与しているにすぎない。

(ⅴ) 原告らは、物権的請求権による差止め請求について主張するが、要するにこれは公物管理権が所有権にも比すべき強力な物権であることを前提とし、このことから法律上なんらの規定なしに侵害行為に対する排除をなし得るとするものである。

しかしながら、公物管理権は、前述したように、河川についていえば、公物の指定、変更廃止、維持修繕、使用規制、許可特許というようなもろもろの管理権者に与えられた権能の総和をいうものであつて、それは権利=財産権ではなく権限である。そして、このような管理権があるからといつて、法令上なんらの根拠なくして侵害行為の排除ができるか否かは疑問である。県知事にいかなる内容の河川管理権があるか、まさに法律の規定によつて定まるのであつて、その規定を離れて一般的抽象的に河川管理権を考えることは無意味である。河川法上、二級河川の管理権が県知事にあることから即座に、例えば河川法第七五条のような規定なしに県知事において同条に定めるような下命行為をすることができると解することはできない。もつとも、公物の所有権に基づき、物上請求権として行使できることはあり得ると思われるが、これは別問題である。

そもそも現行憲法の下における法律と行政との関係について考えるに、国民の権利義務の変動をその効果として生じさせる一切の公権的行政は、必らず法律の根拠を必要とする考え方(全部留保説)と、公行政のうち、国民の権利自由を侵害し、人民に新たな義務を課し、既存の利益を奪うなどの「侵害行政」に対してのみ法律の留保を要求する考え方(侵害留保説)とがあり得るが、原告らにおいて、被告県知事に対し義務づけられていると主張する行為は、右のいわゆる侵害行政の範疇に含まれるものであろうから、右のいずれの考え方をとつても、法律の留保を要求されているものである。そして「侵害行政」について法律の根拠を要するとする場合、当該行政作用を行なう行政機関の構成および権限を定めた、いわゆる組織法のほか、当該行政権発動の要件効果等を規制したいわゆる作用法を必要とすると解されるのであつて、本件の場合、建設省設置法第三条第三号あるいは河川法第九条第一〇条等の組織法上の規定があつても、作用法としての具体的な規定がなければ「侵害行政」を行なうことはできないものである。

(ⅵ) 原告らは、不法行為による差止めについて主張する。

しかしながら、まず県の「財産」に対する違法な侵害であるとする点は、その前提においてすでに誤つているのみならず、その侵害が「受忍の限度」を越えているとするその「受忍の限度」とは県の財産に対するそれであつて住民としての原告らに対するものを意味するものではないと考えられるが、そうだとすると、公物管理権に基づく規制権限を欠き、放任行為とされている排水行為(行政取締上は適法とされる行為)を私法上不法行為として、管理権者(行政上の観念である)が差止めするという奇妙な結論を容認することになる。公物管理権に対する不法行為という観念をとりえない証左であろう。

なお、被告会社らの行為が港則法第二四条に違反するとの点は争う。その理由は、第一には同条第一項は「何人も港内又は港の境界外一万メートル以内の水面において」廃物を捨てることを禁じているものであつて、被告会社らのように河川の上流に廃水を排出している場合はこれに当たらないものである。すなわち、河川の上流は仮にそれが一万メートル以内であつても、右にいう港の境界外一万メートルの水面には当たらないのである。第二の実質的理由として、被告会社らの工場排水の規制は本来港則法の守備範囲ではなくて、水質保全法および工場排水規制法の規制領域である。当時の段階において、「産業の相互協和」(水質保全法第一条)の見地から許容されていた工場排水の排出行為が、本来その立法目的を異にする港則法によつて規制されるというのは、牽強付会の主張といわざるを得ない。

③ 以上のとおり、原告らの主張する本件各河川は住民訴訟の対象となる静岡県の財産ではなく、また被告県知事には河川に対する工場排水を規制する権限はなかつたものであるから、原告らの河川管理の違法確認の請求は失当である。

(イ) 請求原因第3項の(2)の港湾管理の違法確認について

① 原告らの主張する本件田子の浦港は住民訴訟の対象となる静岡県の財産ではない。この点についての詳細は、前記被告静岡県知事の本案前の主張(二の(二)の1の(2)の(イ)および(ウ))記載のとおりである。

② 原告らは、被告静岡県知事は、本件田子の浦港の管理者たる静岡県の長であることから、被告会社らの排出するヘドロの流入の停止、除去を命じ得る権限を有すると主張するが、知事にはこのような権限はない。

すなわち、本件田子の浦港(重要港湾)の港湾管理者は静岡県であつて、被告静岡県知事はその長たる執行機関であることおよび港湾管理者は港湾を良好な状態に維持すべき義務があることは認めるが、ここでいう義務は港湾法第一二条第一項(第三四条により準用)の業務から帰結される政治上、行政上の義務である。そしてこのような義務があるからといつて、当然に航行障害物の除去を命ずる権限があるとはいえない。また静岡県港湾管理条例第三条は次のとおりの規定である。

「(禁止事項)

第三条 港湾施設において、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

(1) 貨物、竹木等を放置し、又は係留施設に貨物を停滞させること。

(2) 係留施設において、知事の定める負荷重量をこえる物件を荷役し、又は搬入すること。

(3)その他港湾を損傷するおそれのある行為又は港湾施設の機能を低下させる行為をすること。」

してみれば、原告らの主張する同条例第三条第三号の行為とは、港湾施設(港湾法第二条第五項第一号ないし第一三号に掲げる施設)における行為であつて「その他……」という文言から第一号および第二号に準ずる行為を指しているものである。したがつて、港湾区域外の上流河川において工場排水を排出する行為は右規定に該当しないというべきである。そのほか、原告らの河川管理権に基づく妨害排除の主張に対して述べたところをすべて援用する(前記二の(三)の1の(3)の(ア)の②の(ⅴ)参照)。

なお、原告らはヘドロ排出の差止めの根拠として、河川管理の違法について主張した静岡県漁業調整規則および不法行為による差止め請求を主張するが、これらについても河川管理の違法の主張に対する答弁において述べたところをすべて援用する(前記二の(三)の1の(3)の(ア)の②の(ⅱ)および(ⅵ)参照)。

③ 以上のとおり、本件田子の浦港は住民訴訟の対象となる静岡県の財産ではなく、また被告県知事には右田子の浦港の管理者たる静岡県の長の立場においてヘドロの流入の停止、除去を命じ得る権限を有しないものであるから、原告らの港湾管理の違法確認の請求は失当である。

(4) 請求原因第7項記載の事実のうち、原告らから昭和四五年八月一一日その主張のような監査請求があつたことおよび同年一〇月九日付でいずれの請求も認められない旨の通知がなされたことは認める。その余の主張は全部争う。

2  被告竹山祐太郎の答弁および主張

(1) 請求原因第1項記載の事実を認める。

(2) 同第2項記載の事実のうち、田子の浦港が静岡県の管理する重要港湾であること、同港に沼川、潤井川が流入していること、別紙目録記載の工場排水の排出場所のうち、番号一、三、六の各排出場所が原告ら主張のとおりであること、昭和三〇年代以降被告会社らを含む富士、富士宮地区の工場排水が増加し、これが原因の一つとなつて各河川が汚濁されていること、被告県知事がヘドロを港内移動したこと、昭和四五年七月中にしゆんせつ作業中の作業員が硫化水素ガス中毒となつて入院したこと、駿河湾にサクラエビが生棲し、これが移動していることおよび田子の浦港内のヘドロから水銀、カドミウムが検出されたことはいずれも認める。各河川の二〇数年前の状況、ヘドロの船舶に対する影響、硫化水素ガスによる被害およびサクラエビ移動の原因については不知、その余の事実はすべて否認する。

各河川の汚濁の原因は被告会社らの排水だけではなく、同地区にある約三〇〇の工場の排水、都市下水、さらには富士山大沢崩れの土砂流入等多くのものである。ヘドロが一日三〇〇〇トン沈積されるかどうか正確には不明であるが、静岡県がこれに近い数値を推計して発表したことはある。また港内のヘドロ沈積量は平均二、二メートルぐらいであり、船舶が港内の埠頭を使用できなかつたことは事実であるが、それは富士埠頭ではなく鈴川埠頭である。ヘドロから検出された水銀の平均含有量は0.131PPM、カドミウムのそれは0.330PPMであつて、この程度のものは一般の泥土に含まれているもので、駿河湾の魚類を食用に供することに危険を及ぼすものではない。ちなみに農林省の基準によれば、米については1.0PPMのカドミウムが許容されている。

(3) 請求原因第4項記載の事実のうち、静岡県が昭和四四年度において、田子の浦港しゆんせつ工事費として金一二一、八〇三、〇〇〇円の支出をしたことは認める。

(ア) 同項(1)の主張について

① 右しゆんせつ工事が港則法第二四条第一項に違反するとの主張は争う。

同規定が禁止している行為は、「バラスト、廃油……その他これに類する廃物を捨てる」行為であり、それはその言葉本来の意味から、港外に存在した物を港内に移動させることである。右しゆんせつ工事は港内に沈積したヘドロを同じ港内に移動させたものであつて、「捨てる」行為には当たらない。

同規定は、港則法の目的である港内の船舶交通の安全および港内の整とん(同法第一条)を阻害する行為を禁止するものである。静岡県は田子の浦港の管理者として港湾法第一二条第一項第一号の業務を行ない、かつ右港則法第一条の目的を可及的に実現すべき責務を負つているところ、右しゆんせつ工事はまさに右目的達成のための行為であり、かつ右工事については港則法第三七条、第三一条第一項に基づき、時期、方法につき監督官庁である海上保安庁の許可を得て行なつているものであつて、同法第二四条第一項の「みだりに」捨てる行為には該当しない。

② 右しゆんせつ工事が静岡県漁業調整規則第三四条に違反するとの主張は争う。

同条第一項は、「水産動植物に有害な物を遺棄し、又は漏せつしてはならない。」と規定しているが、ここでいう「遺棄し、又は漏せつし」とは、故意または過失により、外部から水産動植物の生棲場所へ有害な物を移動させる行為と解すべきであるから、右しゆんせつ工事のように海中沈積物の単なる移動の場合には、右構成要件に該当しない。

また右工事は、前記のとおり、上位の法形式である港湾法、港則法の目的を実現するため行なわれ、かつこれについては法律に規定する監督官庁の許可を得て行なつているのであるから、仮にしゆんせつ工事が「遺棄又は漏せつ」の概念に当てはまるとしても違法性を阻却するというべきである。

③ 右のとおり静岡県の行なつたしゆんせつ工事は法規に適合したものであり、かつこれに対する県費の支出については、昭和四四年二月の定例県議会において予算として議決されており、被告静岡県知事は右議決を誠実に執行した(地方自治法第一三八条の二)ものであるから、右支出行為は適法である。

(イ) 請求原因第4項の(2)の主張について

① 被告会社らの行為が港則法第二四条に違反するとの主張は争う。

同条の禁止は「港内又は港の境界外一万メートル以内の水面」において適用される。原告らは右範囲を河川上流にさかのぼつても適用されると解しているようであるが、船舶の運行に関係のない河川にさかのぼるとの解釈は誤りである。被告会社らの排水場所は同項にいう区域内ではない(なお港則法上、田子の浦港の区域は同法第二条、同法施行令第一条別表一により、「沼川東海道本線鉄道橋南西端を中心とする半径一六〇〇メートルの円内の海面並びに沼川、沼川新橋、和田川、新和田川、潤井川、田子の浦橋及び江川、江川水門各下流の河川水面」と定められている。)。

また港則法は、前記のとおり、港内の船舶交通の安全および港内の整とんを目的とする法律であり、工場排水の規制については別に工場排水等の規制に関する法律および公共用水域の水質保全に関する法律が特別法として立法されている。ところが工場排水の規制を目的とする法規によれば、被告会社らの排水については、「産業の相互協和」の理念から、当時の段階においてはこれが是認されていたものであつて、本来その立法目的を異にする港則法によつて規制されるべき筋合のものではない。

② 被告竹山が知事として被告会社らに対して損害賠償の取立て、ヘドロの除却を命ずべきであつたとの主張は争う。

被告竹山が知事として被告らに対し右請求をすべき義務があるというためには、その前提として知事に工場の排水を停止させ得る法律上の根拠がなければならない。しかるに工場排水の規制は工場排水規制法、水質保全法によつてなされるべきところ、水質保全法第五条第一項の指定水域の指定は富士地区については昭和四五年一〇月一日なされ、水質基準は昭和四六年七月一日から施行されたものであり。したがつて本件当時、県知事には工場排水規制法第一二条に基づく命令権限はなかつたものである。

原告らは、被告静岡県知事には静岡県公害防止条例により工場排水を規制する権限が与えられていると主張するが、同条例は「公害とは騒音……等により人体……その他に障害を与えるもので……静岡県公害審議会の意見を聞いて除害を必要と認めたものをいう」と定義し(同条例第二条)、知事は審議会の意見を聞いて公害の基準を定め、県の公報で公示しなければならない(同条例第三条)としているが、右基準は未だ定められていない。これは上位の法形式である水質保全法等の指定および水質基準の施行等が未だなされていなかつたことによるものであるが、いずれにせよ右公害の認定がなされない以上、同条例第八条第二項の権限を発動することができないものである。仮に県知事において右権限を発動し得るとしても、右条例の規定は知事の権限行使の要件を定めたものであつて、権限行使を義務づけたものではないので、その権限の不行使につき違法の問題は生じない。権限をいかに行使するかはその時々の社会情勢、技術水準等に基づき知事が判断すべき行政判断の問題である。

また原告らは、静岡県普通河川取締条例による規制について主張する。しかし同条例は河川法の適用、準用のない河川等について法令に準じた規制をすべく制定されたものであるから、法律において許容された以上の基準による規制は行ない得ないと解される、工場排水については前述のとおり水質保全法等による規制を予定しているところ、これら法律上の規制がない以上、法律により許容されていると解するほかなく、条例に基づく規制はできない。かりに知事に同条例による規制権限があつたとしても、それは行使を義務づけているものではなく、したがつてこの点について適法違法の問題は生じない。

さらに原告らは、県知事は河川法施行令第一六条の六により排水の減量または一時停止をさせ得る旨主張するが、同条は昭和四五年一一月七日から施行されたものであり、それ以前には河川法第二九条に規定する政令が存しなかつたので、河川管理者たる県知事に同条による河川管理上の措置をとることができなかつたものである。

なお、原告らの公物管理権に基づく妨害排除の主張についていえば、誰にいかなる内容の管理権を与えるかは個々の具体的規定によつて定められるものであり、その意味で管理権とはそれらの具体的権限を総括した概念である。したがつて個々の内容を離れた公物管理権を前提として、それから妨害排除の権利・義務を論ずるのは論理が逆である。

以上のとおり原告らの主張する工場排水を規制する法的根拠はいずれも実定法上のものではなく、被告県知事は右規制をする権限を有しなかつたものであり、したがつて被告会社らに対しヘドロの除去あるいは損害賠償を請求することはできなかつたものである。

(ウ) 請求原因第4項の(3)の主張について

港湾法第四三条の三により被告会社らにしゆんせつ費を負担させるべき旨の原告らの主張は争う。

同規定は、港湾管理者以外の者の行為によつて必要を生じた港湾工事費については、必要を生じさせた者に対し必要を生じさせた限度で費用の全部又は一部を負担させることができるとし、その負担金の徴収を受ける者の範囲及び方法は条例で定めると規定している。しかし前述のとおり、田子の浦港内にあるヘドロ沈積の原因は多様であるため、原因者、程度が確定できず、条例も制定されていない。したがつて被告県知事において被告会社らに費用の負担を命ずることはできなかつたのである。

(エ) 被告竹山の主張として、右しゆんせつ費用を県費から支出したことおよびその求償をしないことの適法性について述べると、まず港湾法第三四条、第一二条第一項第一号は、港湾管理者に港湾施設を良好な状態に維持することを義務づけており、その費用については公物管理者負担の原則がある。重要港湾である田子の浦港については、そのしゆんせつ費用は管理者たる静岡県が負担すべきである。

そして前記のとおり、被告県知事には工場排水を規制する権限はなく、したがつて被告会社らに対し損害賠償を請求する実定法上の根拠はないというべく、またその原因者が多数であるため求めるべき数額も確定し得ない。そうすると、このような場合には支出した県費につき損害賠償の請求をしないことに違法性はないというべきである。そもそも公害防止事業費事業者負担法が制定されたこと自体、従前の法体系においては、本件港湾しゆんせつ費用を企業に負担させる根拠を欠いていたことを物語るものである。

仮に右しゆんせつ費の支出が、原告ら主張のように、結果的に一定地域の企業のためになされたとしても、そのような公金の支出がすべて違法性を帯びることは考えられず、要は全体的にみてそれが公共のために使用されたとみられるか否かによるのである。原告らは、「原因者に費用を負担させることは……自明のことであつて、特別な規定を要しないものである。」と述べるが、法の規定なくして義務を負わされないのは近代法の大原則である。なお昭和四五年度において静岡県が被告企業にヘドロ除去費約七億円を負担させたのは、製紙会社の法律上の義務を追求した結果ではなく、県と企業との協定すなわち契約に基づきこれを負担させたものである。

(4) 請求原因第7項記載の事実のうち、原告らからその主張の日に、その主張の内容の監査請求があつたことおよびこれに対して原告ら主張の日にいずれの措置要求も認めない旨の通知があつたことは認める。その余の主張は争う。

3  被告大昭和製紙の答弁および主張

(1) 請求原因第1項記載の事実を認める。

(2) 同第2項記載の事実のうち、田子の浦港が静岡県の管理する重要港湾であり、これに原告ら主張の各河川が流入していること、被告会社らの工場が原告らの主張のとおり位置していて、その主張のとおりの排出場所(ただし吉永工場では一般排水路に排水し、その排水路から滝川、瀬戸川および田宿川に排水口を設けて排水している。)に工場廃水を排出していること、原告ら主張の河川が汚濁されていること、以上の事実を認める。製紙カスに大量の有害物質が含まれていること、原告ら主張の各河川の二十数年前の状況がその主張のとおりであつたこと、右各河川が被告会社らの各工場の専用排水路のようになり、自然流水の枯渇も加わつて、まさに「死の川」に化したことはいずれも否認する。その余の事実はすべて不知。

河川汚濁の原因は、被告会社らの工場から排出される汚水が唯一の原因ではなく、被告会社ら以外の多数の製紙工場およびその他の業種の工場の排水、都市下水、大気中の埃、および富士山大沢崩れの土砂ならびに塵もその原因をなしているものである。

(3) 請求原因第5項記載の事実のうち、被告会社らが原告ら主張の河川に製紙汚水を排出し、それらがいずれも田子の浦港に流入していること、田子の浦港のしゆんせつ費用として静岡県が原告ら主張の県費の支出をしたこと、船の通路を確保するための次善の策として原告ら主張の港内しゆんせつ工事がなされたことを認める。田子の浦港に流入する汚水に含まれる懸濁物が日量五、〇〇〇トンにおよび、そのうち約三、〇〇〇トンが田子の浦港に沈積していること、ヘドロの大部分が被告ら大手製紙会社四社の排出する製紙汚水によるものであることは不知、その余の事実はすべて否認する。同項記載の主張はすべて争う。

(被告大昭和製紙の主張)

(ア) 原告らの被告大昭和製紙らに対する損害賠償請求は、同被告らが沼川、潤井川に製紙カスの混入した廃水を流した不法行為と、流すことを停止させなかつた静岡県知事の違法な不作為とによつて沈積したヘドロを静岡県がしゆんせつしたことによる損害の賠償の請求であるが、国の機関である静岡県知事の河川管理上の過失によつて静岡県が損害を被つたのであれば、静岡県は直接国に対し損害賠償を求めればよいのであつて、国の機関と被告大昭和製紙らの共同不法行為の責任を住民訴訟という形で追求することは許されないと解すべきである。けだし、このような訴が許されることになると、国の機関に河川管理上の故意過失があつたかどうかを審理しなければならなくなり、住民が住民訴訟という方法により国の行政を監督することになり、地方自治の範囲を越えることになるからである。

(イ) 原告らの損害賠償請求は、静岡県が被告大昭和製紙らに対して取得した損害賠償請求権を静岡県に代位して行使するというものであるから、静岡県が損害賠償請求権を有することを大前提としている。

ところで、被告大昭和製紙は工場廃水を沼川、潤井川にそれぞれ排出していたのであるから、沼川、潤井川が流れ込む田子の浦港にヘドロが沈積したことは、田子の浦港の管理の問題である以前に、正に二級河川たる右沼川、潤井川の管理の問題である。したがつて、これらの河川の管理者たる静岡県知事が被告大昭和製紙に対し、責任を追求することはいいとしても、田子の浦港の管理者である静岡県が直接被告大昭和製紙にかかわりを持つべき筋合ではない。静岡県が国の機関たる県知事の権限を無視して直接廃水排出の責任を追求することは、国と地方公共団体との権限分配の関係から許されないものと解すべきである。

そうすると、静岡県が田子の浦港の管理に関して被告大昭和製紙に対し損害賠償請求権を取得することはあり得ず、これを前提とする原告らの請求は失当である。

(ウ) 仮に原告ら主張のとおり、田子の浦港の管理者たる静岡県が直接被告大昭和製紙に対し損害賠償の請求をすることが可能としても、まず静岡県の支出したしゆんせつ費はいわゆる損害に当たらない。すなわち、田子の浦港は沼川、潤井川の合流点の下流に堀込式の港として建設されたものであるが、その建設前から右沼川等には被告大昭和製紙を含む製紙工場の廃水が排出されていたものであり、したがつて右田子の浦港を建設した静岡県は、当初から維持しゆんせつの費用を計上し、これを予定していたものであるから、昭和四四年度に支出したしゆんせつ費は損害ではない。

仮に右しゆんせつ費用が損害に当たるとしても、被告大昭和製紙の行為には違法性がない。すなわち、同被告の富士工場については、準用河川当時は、国の機関である静岡県知事の許可を受けて、換言すれば許可水利権の行使として排水を排出していたものであり、昭和四〇年四月一日以降は二級河川の管理者である静岡県知事が国の機関として与えた許可に基づくものである。また同被告の鈴川工場については、直接沼川に排出する排水口と沼川に流入する公共用水路に設けられた排水口から排出していたが、沼川に直接排出するものについては静岡県知事の許可を受けており、また公共用水路に排出するものについては、被告大昭和製紙は昭和一二年ごろから排水口を設けて継続的に公然と排出しており、社会的承認を受けていたのであるから、慣行水利権を取得したものである。そして昭和三一年静岡県普通河川条例が施行された際、同条例附則により引き続き水利権を有しているのである。さらに被告大昭和製紙の吉永工場については、一般用排水路に排水口を設けて排出していたものであるが、同被告は昭和五年ごろから継続的に公然と排出し、社会的承認を受けていたものであるから、昭和三一年に右条例が制定されるまでに工場排水を内容とする慣行水利権を取得していたもので、右条例の施行後も引き続き同一の水利権をを有しているものである。以上のとおりであるから、被告大昭和製紙の工場廃水の排出は法律上許された行為として違法性を阻却するというべきである。

(エ) 静岡県は昭和四四年度において前後九回にわたりしゆんせつ工事請負契約をし、各代金を九回に支払つているのであるから、原告らの請求が内金一千万円についての一部請求である以上、「何月何日の請負契約に基づいて何月何日に支払つた分」と特定しないかぎり、原告らの請求は失当である。

(オ) 仮に右主張がすべて理由がないとした場合、予備的に過失相殺の主張をする。すなわち、田子の浦港のヘドロのしゆんせつのため静岡県が費用を支出して損害を被つたことについては同県にも過失がある。その過失とは田子の浦港の位置選定の誤りおよび岳南排水路の終末処理場を建設しなかつたことである。もしこのような過失がなかつたならば、被告大昭和製紙が右しゆんせつのための損害を賠償するような事態は起らなかつたはずである。よつて、右過失相殺の主張をすることとし、その結果、被告大昭和紙が負担すべき額は名目的なものにすぎない。

(4) 請求原因第6項記載の主張はすべて争う。

原告らは静岡県に代位して汚水排出差止請求権を行使すると主張するが、これは静岡県が被告大昭和製紙に対し右差止請求権を有することを前提する。しかしながら、静岡県は次の理由により右差止請求権を有しないから、原告らの請求は失当である。

(ア) 本件河川の管理者は、国の機関としての静岡県知事であつて、地方公共団体たる静岡県ではない。河川への汚水流入を差止めたり、流入する汚水の水質を規制するのは河川管理者たる県知事の権限であり、静岡県にはなんらの権限もない。この意味において、河川管理に関する行政事務は住民訴訟の対象とすることはできない。

(イ) 仮に静岡県が汚水排出差止請求権を有するとしても、静岡県は被告大昭和製紙に対し差止請求権を行使することはできない。すなわち、被告大昭和製紙の汚水排出は水利権の一種たる排水権に基づくものであるところ、排水権は漁業権と同様に財産権であつて、憲法第二九条の適用を受けるものだからである。これを詳説すると、前記のとおり(前記二の(三)の3の(3)の(ウ)参照)、被告大昭和製紙は慣行水利権ないし許可水利権を有するところ、この水利権は物権類似の財産権であるから、その収用ともいうべき排水の停止には憲法第二九条の補償を必要とすることはいうまでもない。そして排水の水質を改善させることが経済上、技術上因難で排水の停止に近い場合には財産権の収用と同様に考えるべきであり、原告らの主張する水質まで高めることは、現段階では経済的、技術的に不能であるから、右請求は被告大昭和製紙の排水を停止することになる。このような請求がなんらの補償なしに許されるはずがない。

もともと静岡県が本件各河川の河口に田子の浦港を建設しはじめたのは昭和三六年であるが、被告大昭和製紙が各河川に排水設備を設けて汚水を排出しはじめたのは、吉永工場においては昭和三年、鈴川工場においては昭和八年、富士工場においては昭和二五年であつた。したがつて、静岡県としては、田子の浦港建設計画において、流入する懸濁物の量、その沈積する量およびしゆんせつ費、建設費等をすべて計算し、これと港湾収入とのバランスを考えた上で、現在の位置に田子の浦港を建設することが得策であると判断したはずであり、結局、被告大昭和製紙が各河川に汚水を排出する権利があることおよび田子の浦港に沈積するヘドロを常時しゆんせつしなければならないことを知りながら、田子の浦港を建設したものである。そうすると、静岡県は田子の浦港にヘドロが沈積することを受忍する義務があるものというべく、工場排水が各河川を経て田子の浦港に流入することを停止させることはできないというべきである。

(5) 請求原因第7項記載の事実のうち、原告らから昭和四五年八月一一日原告ら主張の監査請求があつたこと、および同年一〇月九日付で原告ら主張の通知があつたことは認める。その余の事実は否認する。

4  被告大興製紙の答弁および主張

(1) 請求原因第1項記載の事実を認める。

(2) 同第2項記載の事実のうち、田子の浦港が静岡県の管理する重要港湾であり、これに原告ら主張の各河川が流入していること、被告会社らの工場が原告ら主張のとおりに位置していて、その主張のとおりの排出場所(ただし、別紙目録記載五の排出場所は、富士市終末処理排水路であつて、そこを経て潤井川に流入している。)に工場廃水を排出していることを認める。その余はすべて不知。

(3) 請求原因第5項記載の事実のうち、被告大興製紙の工場廃水が潤井川に流入していることおよび田子の浦港のヘドロが被告大興製紙の製紙カスと何程かの関係のあることは認めるが、その余はすべて否認する。

(被告大興製紙の主張)

(ア) 被告大興製紙が製紙汚水を排出した行為は港則法第二四条第一項に違反しない。

製紙の排水が右同条にいわゆる廃棄禁止物のどれに該当するのか甚だ疑問であるが、それはともかく、同条にいう行為の禁止区域は、「港内又は港の境界外一万メートル以内の内面」に限られており、被告大興製紙の工場廃水は富士市終末処理排水路に排出され、この排水路が潤井川に通流しているにすぎないのであるから、右同条に該当する不法行為でないことは明らかである。

(イ) 被告大興製紙の工場廃水排出行為は河川法第一条、第二条第一項に違反しない。

被告大興製紙の行為が河川法第一条のどの項目に該当するというのか甚だ疑問であるが、それはしばらくおき、河川法の右各条項は、河川管理者に対し管理に関する義務内容を定めたものであつて、河川管理者でない被告大興製紙がこの法条に違反するということはあり得ないものである。

(ウ) 工場排水の規制については、工場排水規制法および水質保全法が特別法として制定されており、被告会社らの工場排水に関してはこれらの特別法の適用を受けるべきであつて、港則法の適用を受けるべきものではなく、そして、被告大興製紙の工場排水は右特別法のいずれにも違反するところはない。

ことに被告大興製紙の場合、田子の浦港が築港されるはるか以前である昭和九年から、富士市(当時の富士町)が被告大興製紙ほか数社の工業用排水路として設け、かつ被告大興製紙らの工場排水を流すように指導した富士市終末処理排水路に製紙汚水を排水して製紙事業を営んできたものであり、県当局もこのような事実を熟知して行政指導を行なつてきたものである。このような命令あるいは指導に従順に従つてきた被告大興製紙の行為の違法性を論ずる余地はない。

(エ) 田子の浦港は昭和三六年に造築されたものであるが、その当時から原告ら主張の各河川には数百にのぼる製紙その他の会社の工場廃水が排出され、また大沢崩れの土砂が多量に流れ込んでいたものであるから、築港当事者としては築港に際しこれに対処する手段と費用を準備すべきであつて、現に県当局は田子の浦港に関し普通使用料のほか特別使用料を徴収しているはずである。すなわち、田子の浦港のヘドロのしゆんせつは、同港の管理者が自らの費用をもつてこれを行なう建前になつているはずのものであつて、突如として被告大興製紙にその費用を負担する責任ありとして損害賠償を請求することはできない。

そもそも田子の浦港のヘドロの沈積は、被告大興製紙以外の無数の工場排水、大沢崩れの土砂によるものであつて、仮に被告大興製紙の工場排水がその一因をなしているとしてもこれはまさに九牛の一毛にすぎないものであり、このような巨大な結果と被告大興製紙の九牛の一毛との間に相当因果関係の成立を認めることはできない。原告らは本件について共同不法行為であると主張するが、本件のような場合にまで共同不法行為の成立を認めるとすると、本件被告会社ら以外の無数の共同不法行為者があり得るわけで、実際上あまりに範囲が広がりすぎる結果となるとともに、原因者の軽重にかかわらず一部の者がねらいうちされる結果となり妥当ではないと思われる。

(オ) 損害の額について、原告らは、県が支出した一二一、八〇三、〇〇〇円相当と主張するが、この県の支出が県の損害であるというためには、この支出が当然なやむを得ないものであつたということが前提となるはずであるが、原告らは、訴状において「静岡県のなした前記のようなヘドロのしゆんせつ・廃棄は、単にヘドロをこねまわすだけの有害無益のものであり……」と述べている。してみると、原告らは、県の行なつた有害無益な支出を被告会社らに弁償させるという結論になり、この点からも原告らの請求は成立しえないと思われる。

(4) 請求原因第6項記載の事実のうち、製紙汚水が田子の浦港に流入して港湾・海洋を汚濁し、田子の浦港の船舶航行の安全を妨げ、あるいは硫化ガス等により住民の健康、船舶の船体等に損傷を与え、また水産資源に有害な影響を与えている事実はいずれも不知。その余の事実はすべて否認する。

(被告大興製紙の主張)

(ア) 被告大興製紙の行為が港則法第二四条に違反するものでないことは前述のとおりであり、これに違反することを前提とする妨害排除の請求は理由がない。また刑法第一二五条第二項に該当しないこともまた多言を要しない。

(イ) 河川法施行令第一六条の六は異常な渇水のために河川の汚濁が著しく進行し、河川の管理に重大な支障を及ぼすべき場合に、排水する汚水の量を減らし、あるいは排水の一時停止を勧告し得ることを定めたにすぎず、被告大興製紙の場合のように平常的な排水行為に対してこの規定によつて排水の制限停止をなし得るものではない。

(ウ) 漁業調整規則は海面にのみ適用されるものであつて(第二条)、被告大興製紙が終末処理排水路に工場廃水を排出する行為はこの規則の関知するところではない。

(エ) 原告らは港湾法第一二条第一項、第三四条により県知事にヘドロの除去を命ずる権限があるというが、右条文は政治的・行政的な義務を規定したものにすぎず、これから具体的に被告会社らの排水を禁止する権限は発生しない。さらに静岡県港湾管理条例第三条は、港湾施設における行為を禁止しているものであつて、被告大興製紙の富士市終末処理排水路への排水行為には適用はない。

(5) 請求原因第7項記載の事実はすべて不知。

5  被告興亜工業の答弁および主張

(1) 請求原因第1項記載の事実を認める。

(2) 同第2項記載の事実のうち、田子の浦港が静岡県の管理にかかる重要港湾であること、同港に原告ら主張のような河川が流入し、滝川の上流に被告興亜工業の工場があること、被告県知事がヘドロの投棄をしたこと、しゆんせつ作業員が中毒症状をおこしたこと、駿河湾は海洋生物が豊富であるといわれており、サクラエビが生棲していることはいずれも認める。被告興亜工業が工場廃水を瀬戸川に排出していること、被告ら主張の各河川が被告会社らの専用排水路のようになり、「死の川」と化してしまつたことを否認する。その余の事実はすべて不知。被告会社の廃水は岳南排水路へ排水され、それが昭和四五年九月までは瀬戸川に流入していた。

原告ら主張の各河川には、富士地区おかび富士宮地区の多数の工場排水および一般都市下水、さらには富士山大沢崩れの土砂も流入しているのであつて、決して被告会社ら各工場の専用排水路になつているものではない。

(3) 請求原因第5項記載の事実のうち、被告興亜工業の工場廃水が田子の浦港に流入していること、静岡県がヘドロしゆんせつのため原告ら主張のような金額を支出したことを認める。懸濁物の日量が五、〇〇〇トン以上であり、そのうち三、〇〇〇トンが田子の浦港に沈積していることは不知、その余の事実は否認する。同項記載の主張はすべて争う。

(被告興亜工業の主張)

(ア) 被告興亜工業の排水排出行為は港則法第二四条第一項に違反しない。港則法は港内における船舶交通の安全等を確保することをその立法目的としているところ、被告興亜工業が排水を排出している岳南排水路は、船舶の航行など全く問題にならないところであるから、これを右規定にいう「水面」ということができない。また被告興亜工業の排水排出行為は右規定にいう「みだりに」という概念に当たらない。

工場排水の規制については、水質保全法、工場排水規制法があり、本来自由行為であるべき工場排水排出行為には右規制以外の規制は考えられないものである。したがつて全く立法目的を異にする港則法による規制は考えられないというべきである。

(イ) 被告興亜工業は、その工場廃水を河川でない岳南排水路に排出している。したがつて、河川法第一条、第二条第一項に違反するとの原告らの主張はその前提を欠くものである。

(ウ) 田子の浦港には、富士地区、富士宮地区の工場排水、一般都市下水、富士山大沢崩れの土砂等が流入している。そしてこのことは田子の浦港建設当初から予定されていたことで、そのため毎年しゆんせつ工事を行なつてきたのである。したがつて、田子の浦港の沈積物による被害について、単に一私企業に不法行為上の責任を負わせるべき性質のものではない。

(エ) 被告興亜工業は、昭和三九年八月まで工場排水を滝川支流に排出していた。しかし同年九月からは、汚水による公害問題を解決しようとの趣旨のもとに岳南排水路が滝川系統にも建設されるに及び、被告興亜工業はこれを是とし、行政指導などもあつて、ここに工場廃水を排出している。それを港則法違反の不法行為とされるのは被告興亜工業の予期しないところである。

(オ) そもそも本件被告会社らに対する損害賠償の請求は、住民訴訟の規定を根拠とする特殊な代位請求権によるものであり、そして、その請求が認められるためには、その前提として知事に怠る事実がなければならない。

しかしながら、河川法、港則法上、知事に被告会社らの排水を差止める権限はなく、また、公物管理権から具体的法規を離れて物権的請求権のようなものを認めることはできず、民法第七〇九条の不法行為の規定から差止請求権を導き出すこともできないので、結局、知事には排水の規制をする権限はなく、したがつて財産の管理につき怠たる事実はないというべきである。

ただ、財産管理を怠る事実のなかに、不法行為上の損害賠償請求権の不行使を含めて考えることができるとして、河川といい港湾といい個々の有体物ではなく、これらを総合して考えた抽象的な全体であるから、これらの管理に関する規定たる河川法・港湾法を離れて一般私法たる民法第七〇九条の不法行為ということは考えられない。また、被告興亜工業の排水と昭和四四年度のしゆんせつとの因果関係も明白でなく、また被告興亜工業の排水が違法性を欠くことは前述のとおりであるから、不法行為は成立しない。

(カ) 原告らは、なお、知事のヘドロしゆんせつ費用の支出が地方財政法第二条に違反する違法なものと主張するが、同条は地方財政の基本原則を定めたプログラム的規定であつて、これから直ちに支出の違法を導き出すことはできない。また、原告らは、公害防止費用を原因者が負担すべきことは当然であるとして、直ちに原因者に負担をさせることができるとも主張するが、公害防止事業費事業者負担法が設けられたのは、それが当然でないからであろう。

(4) 請求原因第6項記載の事実はすべて否認し、同項記載の主張をすべて争う。

(被告興亜工業の主張)

(ア) 元来、工場排水の排出は自由行為であり、「事業活動に伴なつて発生する汚水等の処理を適切」にし、「公共用水域の水質の保全」を図り、「産業の相互協和」を立法目的とする水質保全法、工場排水規制法の制定がある以上、工場排水についてはこれらの規制のみを受けるというのが法の建前と解される。

ところで、富士地区についての右同法に基づく指定水域は、昭和四五年一〇月一日経済企画庁告示第二九号の第一のとおりであつて、これによれば、排水が田子の浦港に流入することは予定されているものであつて、そのうえで水質についての規制(その予定)をしているのである。したがつて、排水が田子の浦港に流入したからといつて他の法令、たとえば原告らの主張する港湾法、静岡県港湾管理条例、あるいは静岡県漁業調整規則(これについては、同規則第三四条第三項で、工場排水規制法の適用をうける者について同条第二項の適用除外を規定していることからも明らかである。)などもこれを許容ないしは規制の対象外としているものである。

(イ) なお、原告らの主張する河川法についても右同様に考えられるが、とくに被告興亜工業は排水を岳南排水路に排出しているのであるから、これについての規制は問題にならない。

以上のとおり、静岡県知事は、水質保全法、工場排水規制法の規制のほか、被告興亜工業の排水の規制をなす権限を有せず、原告らの求めるような妨害排除をなす権限を有しない。

(5) 請求原因第7項記載の事実のうち、原告らから、原告ら主張の日に、その主張のような監査請求があつたこと、その主張の日に原告らの請求が理由がないとの通知がなされたことは認める。その余は否認する。

6  被告本州製紙の答弁および主張

(1) 請求原因第1項記載の事実を認める。

(2) 同第2項記載の事実のうち、原告ら主張の各河川には二〇数年前まではフナ・ハヤ等が繁殖し、住民が釣りや水泳を楽しんだこと、右各河川に排出される汚水量・懸濁物の量が全体として増加したこと、被告本州製紙の富士工場が地下水を揚水していること、被告県知事が田子の浦港内のヘドロを投棄したこと、サクラエビが棲息しているのは世界でも駿河湾だけであるといわれていること、ヘドロが駿河湾に流入していることはいずれも認める。被告本州製紙が昭和三〇年代に工場を拡張したこと、前記各河川が被告本州製紙の専用排水路のごとくなつたこと、田子の浦港内が一日約四〇センチの割合で埋つていること、吉原埠頭が今日に至るも全面使用禁止とされていることを否認する。そのほかに原告らが河川の被害、田子の浦港の被害、ヘドロによる住民の健康破壊、漁業の破壊として主張する事実についてすべて不知。

前記各河川の汚染の原因は、被告会社らの各工場から排出される廃水ばかりでなく、その他多くの工場からの廃水ならびに都市下水、さらには富士山大沢崩れの土砂等の流入によるものである。

(3) 請求原因第5項記載の事実のうち、被告会社らが沼川・滝川・潤井川等に製紙汚水を排出し、それが田子の浦港に流入していること、木材からパルプを経て、紙に至るまでの歩留りは約五〇ないし七〇パーセントであること、木材成分の三〇ないし五〇パーセントは溶解性物質、浮遊物質、コロイド性物質として排出されることはいずれも認める。被告会社らの工場からの廃水に含まれる懸濁物の日量、田子の浦港に沈積するヘドロの量、およびそのうち被告会社らの工場の廃水に起因するヘドロの割合は不知、その余はすべて否認する。

(被告本州製紙の主張)

(ア) 被告本州製紙は、大気汚染、工場排水等の公害の問題について、その発生の防止に十分の意を用いて来た。ことに工場排水に伴う公害問題に関しては、被告本州製紙の富士工場において昭和三八年七月パルプ製造を全面的に廃止したのをはじめ、新方式による故紙処理設備の新設、クラリフアイヤーによる凝集沈澱を主体とした総排水処理設備の新設等、できうるかぎりの対策を講じ、その防止に努力してきたものである。そしてその結果、現在被告本州製紙富士工場の排水に含まれるSSは七〇PPM以下、CODは六〇PPM以下に処理されており、原告らの主張するような「たれ流し」を行なつていたものではないから、原告らの被告本州製紙に対する請求は失当である。

(イ) 被告本州製紙富士工場における製紙事業は明治以来のものであり、工場排水もはやくより専用排水路を設けて、これを潤井川に排出していたものである。田子の浦港は、右潤井川等多数の製紙工場からの排水の流入している河川の河口に建設されたものであるから、製紙カスの堆積は当初より予測され、港内のしゆんせつ工事の必要性も当然予測されていたものである。したがつて、右しゆんせつ工事は、同港の管理者たる静岡県が行なうべき当然の事務というべきであつて、これに要する費用も管理者の負担において賄われるべきものというべきである。そうすると、被告本州製紙富士工場の工場排水の排出が静岡県に対する関係で不法行為になることはあり得ないといわなければならない。

(ウ) 昭和四四年度における静岡県の田子の浦港しゆんせつ費用の支出と被告本州製紙富士工場の排水の排出との間には相当因果関係は存在しない。すなわち、田子の浦港に堆積するヘドロは、富士山大沢崩れ等による河川流下土砂の堆積ならびに同港内に流入する各河川流域の約一千余の工場から排出される工場排水、一般都市下水に含まれる排出物の堆積に原因するものであつて、被告本州製紙富士工場からの工場排水の排出がなくとも、やはり静岡県は昭和四四年度においてしゆんせつ工事を行なう必要があつたはずだからである。また、仮に、右排出が不法行為になるとして、原告らは被告本州製紙の工場排水により静岡県がなすことを余儀なくされたしゆんせつ工事の費用は、一二一、八〇三、〇〇〇円のうち何程であると主張するのであろうか。

(4) 請求原因第6項記載の事実のうち、被告会社らが製紙汚水を河川に排出していること、それが田子の浦港に沈積するヘドロの一原因となつていること、田子の浦港に入港する大型船の一部が一旦清水港に寄港して積荷の一部をおろして吃水を浅くしてから入港していることは認める。被告本州製紙が未処理のままの製紙汚水を排出していること、被告会社らが港則法違反および刑法第一二五条後段に当る犯罪行為をしていること、吉原埠頭が全面使用禁止となつたことは否認する。その余の事実はすべて不知。なお同項記載の主張はすべて争う。

原告らは「ヘドロより発生する硫化水素ガス等により……」と主張するが、被告本州製紙富士工場からの廃水中には硫化水素発生の原因となる硫化物は全く含まれていない。また被告本州製紙富士工場においては、従来行なつていたパルプ製造を昭和三五年一月以来逐次縮少し、昭和三八年七月一日全面停止し、その後はパルプの製造を全く行なつていないものである。

(被告本州製紙の主張)

(ア) 原告らの被告会社らに対する妨害排除の請求は、地方自治法第二四二条の二第一項第四号の「普通地方公共団体に代位して行う……怠る事実に係る相手方に対する……原状回復の請求若しくは妨害排除の請求」と考えられるが、このような請求をなし得るためには、まず代位されるべき普通地方公共団体(静岡県)において被告会社らに対し、このような原状回復の請求もしくは妨害排除の請求をなし得る権限を有していなければならないはずである。

ところで、原告らにおいて、静岡県の有すべき原状回復・妨害排除の請求をなし得る権限として主張するものは、(1)河川法施行令第一六条の六第二項の河川管理者としての権限、(2)静岡県漁業調整規則第三四条第二項に基づく権限、(3)港湾法に基づく港湾管理者としての権限、(4)静岡県公害防止条例に基づく権限、(5)普通河川取締条例に基づく権限、(6)物権的請求権による差止請求権(河川および港湾の管理権)、(7)不法行為に基づく妨害排除、予防請求権であるが、右のうち(1)ないし(5)の権限は公法上の権限であるから、住民において代位行使することができず、これを根拠とする主張は失当というべきである。

すなわち、前記同条の二第一項第四号の「当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する……請求」は、普通地方公共団体の被る損害の補填ないし予防のため普通地方公共団体の有する私法上の権利を代位行使し得べき旨を定めたにすぎないと解すべきであつて、普通地方公共団体の有する公法上の権利すなわち行政権の代位行使をもなし得べき旨を定めたものと解することはできない。このような公法上の権利は、本来行政権能として普通地方公共団体に与えられたものであり、その行使自体を裁判所に求めることは許されないものである。地方自治法第二四二条の二に定める住民訴訟は、地方自治体の違法な財産上の行為を防止または矯正するための制度であるが、住民がここで請求し得べきことは、かかる違法な行為の差止めまたは取消し、無効確認あるいは違法確認といういわば違法な地方公共団体の権利行使を消極的にチェックすることだけであつて、地方公共団体の有すべき行政上の権限を積極的に代位行使し得べきことまで認めたものではない。

(イ) 仮にそうでないとしても、次のとおり、原告らの主張する前記各権限はこれを認めることができない。

① 河川法施行法第一六条の六に定める河川管理者の権限は、「異常な渇水等による河川の汚濁」の場合に認められるものであつて、本件の場合には適用がないのみならず、右河川管理者の権限は単なる勧告にすぎないものと解され、しかもその範囲は、支障を除去するために必要な限度に限られ、全面的な汚水の排出の停止を命ずる権限を認めたものではない。そもそも河川法に基づく二級河川の管理は、都道府県知事が機関委任事務として行なうものであるから、河川法に基づく管理権限は住民訴訟により住民が代位請求し得べきものではない。

② 静岡県漁業調整規則第三四条は水産動植物に有害な物の遺棄・漏せつを禁じているが、ここで認められる知事の権限は、「除害に必要な設備の設置」または、「既に設けた除害設備の変更」を命ずることであつて、原告らの主張する工場排水の規制をなす権限を認めたものではない。そもそも水産資源保護法に基づく静岡県漁業調整規則による県知事の権限もまた機関委任事務に関するものであり、住民訴訟において住民が代位して請求し得べき普通地方公共団体たる県の権限ではない。

③ 港湾法および静岡県港湾管理条例による港湾管理権は、原告らの主張するように港湾外の上流河川における工場排水の排出を規制すべき権限を含むものではあり得ない。

④ 静岡県公害防止条例第八条に定める知事の権限は、まず同条例第四条の三に基づく必要な措置をなすべき勧告をした上で行使し得るものであるが、被告本州製紙はこのような勧告を受けたことはなく、したがつて、知事が右条例第八条に定める措置を命ずることはその前提を欠くものである。そもそも本条例は、他の法令に特別の定めがある場合には適用がないものと解すべきであり、工場排水による水質の汚濁について、旧水質保全法、水質汚濁防止法等が適用されるかぎり、本条例の適用はない。

⑤ 静岡県普通河川取締条例は、被告本州製紙富士工場が廃水を排出している二級河川たる潤井川については適用がないものであり、そもそも本条例は既に廃止されている。

⑥ 原告らが主張する物権的請求権による差止権限は、必ずしも明確ではないが、要するに河川管理権・港湾管理権を有するものは、妨害排除請求権を有し、被告会社らの工場排水をも規制することができるとするもののようである。しかしながら、河川および港湾についての管理権の具体的内容は、河川法・港湾法等の実定法により規定されるものであつて、実定法を離れて一般的な管理権が存在するわけではない。したがつて、管理権があるから工場排水を規制できるとするのは全く論理が逆であつて、実定法上かかる規制をなすべき権限が認められているか否かが検討されなければならないのである。そして現行河川法および港湾法にはこのような権限は認められていない。

⑦ 原告らの不法行為に基づく妨害排除・予防請求権の主張は、その主張自体必ずしも明らかでなく、河川および港湾を県の財産として不法行為の成立を主張するものとすれば、前述の議論と同一に帰することになると思われる。

(5) 請求原因第7項記載の事実のうち、原告らが昭和四五年八月一一日静岡県監査委員に対し、その主張のような監査請求をしたこと、これに対し静岡県監査委員が請求人の主張は認め難いとし、原告ら請求人にその旨通知したことは認める。その余の事実は否認する。

(四)  被告らの主張に対する原告らの反論

1  違法判断の基準時について

被告静岡県知事は、怠る事実の違法確認の請求の違法判断の基準時について、口頭弁論終結時であるとして種々主張する(二の(二)の1の(3)および二の(三)の1の(3)の(ア)の②の(ⅱ)参照)。

しかしながら、怠る事実の違法確認の請求は、過去の不作為の違法を確認するものであつて、その違法判断の基準時は「怠る時」である。

過去の権利関係の確認が許されないとされるのは、それが現在の紛争解決に役立たないからである。したがつて現在の紛争解決に役立つ有益なものであれば過去の権利関係の確認であつてもこれを許さないとする理由はない。ことに住民訴訟の場合、その目的は「当面の紛争解決」ではなく、「地方自治運営の腐敗の防止、矯正、公正確保」にあるとするならば、現在の紛争解決のために過去の権利確認は許されないとするドグマは当然適用がないことになる。とりわけ本件の「怠る事実の違法確認の請求」は、抽象的、倫理的に地方自治体の機関または職員の違法を確認することによつて、地方自治運営の腐敗を防止・矯正しようとするものであるから、現在の紛争解決を目的とする通常の民事訴訟とは性質を大いに異にし、むしろ観念的には社会の秩序と正義を実現しようとする刑事訴訟に似た面を有するもので、司法による行政の審査の典型的なものというべきである。

そうだとすれば、怠る事実の違法確認の判断の対象となる当該違法な不作為事実の基準時期はまさに「怠る時」でなければならない。当面の紛争解決を目的とする争訟のように「たしかにあの時点では間違つていたが、現在では瑕疵が治癒されたからいいではないか」といつた便宜主義は許されない。

2  被告大昭和製紙の慣行水利権の主張について

被告大昭和製紙は、工場の廃水を河川に流すことにつき慣行水利権を有すると主張するので、この点について反論する。

一般に慣行水利権としてその権利性を主張されるものは、水の利用を目的とするものであつて、排水行為を権利として主張するものは全くない。そして右の慣行水利権は、流水の利用なかんずく農業水利権をめぐつて問題とされてきたものであり、その権利性が認められるとしても、法例第二条により慣習法上の権利として認められるにとどまり、その場合においても、単なる流水の利用という継続的な慣習があるというだけでは足りず、その慣習は条理または公序良俗に反するものと認められるときは権利性を否定され、その慣習が正当であるものとして社会的に承認されていなければならない。

ところで、排水権が慣行水利権として成立するという被告の主張は明らかに失当である。流水利用の場合もそうであるように、公共の河川に継続的に排水を続けてきたという事実だけで、それに権利性を認めることはできない。けだし、河川というものは、なるほど私人の排水を認めることはあつても、その公共的性格からして、河川に有害な排水を継続して行なうことまでを認めるわけにはいかない。逆に、権利として排水をすることができるというためには、その排水のため河川を排他的独占的に利用できる場合でなければならないが、河川というものの性格、河川法の立法目的等から考えても、とうてい右のような権利としての性格をもつ排水行為は成立する余地がない。判例も、公共用の堀に対する慣行廃水権は認められないとしている(大判明治三七年三月四日民録一〇巻二三五頁)。

三証拠<省略>

理由

一請求原因第1項記載の原告らがそれぞれ肩書地に居住する静岡県の住民であり、被告竹山祐太郎が静岡県知事であること、および被告会社らが肩書地に本店を有し、紙・パルプの製造を主たる目的とする株式会社であつて、別紙目録記載のとおりの工場を有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、別紙目録記載の一、三、六の各被告会社が工場廃水を同目録記載の場所で沼川ないし潤井川に排出していることは当事者間に争いがなく、当裁判所の検証(第一回)の結果と弁論の全趣旨とによれば、同目録二の会社が農業用水路を経て同目録記載の場所で瀬戸川などに、同目録四の会社が岳南排水路を経て同目録記載の場所で瀬戸川に(昭和四五年九月まで)、同目録五の会社が富士市終末処理用水路を経て同目録記載の場所で潤井川に、それぞれ工場廃水を排出していたことは認められる。そして沼川と潤井川が二級河川であり、滝川は沼川の支流で田宿川と瀬戸川(比奈川)は滝川の支流であること、それらの河がやがて田子の浦港にそそいでいることは当事者間に争いがない。

<証拠>によると、次の事実が認められる。すなわち富士地区では昭和一〇年代から製紙工場ができてその排水する工場廃水(製紙カスなどの懸濁物を含み、それがやがてヘドロになる)が河川を経て田に及んだため農業の被害を生じた。それに対し静岡県は順次岳南排水路を設けてそこへ工場廃水を導き、田に流入するのを防いだ。しかし工場廃水は岳南排水路から前記河川を経て海にそのまま流入したので、やがて漁業の被害を生じた。それに対しては漁民の損失を補償したりあるいは漁業権を買取つたりして対処してきた。岳南排水路の終末処理場は計画はされたが実現しなかつた。一方昭和三三年から田子の浦港の建設が始まり昭和三六年に完成した。そこへは沼川、潤井川が流入しその流下土砂も港内に入つたが、製紙工場の廃水も岳南排水路や前記河川を経て港内に流入しヘドロとなつて堆積した。県はその対策として年々維持しゆんせつをしてきた。当時は経済の高度成長で工場廃水は非常に増えたが、なんら処理されることなく港へ流入し、それをしゅんせつしては港外へ捨てるというわけである。その頃は富士地区では工場排水について水質二法による規制はなされておらず、昭和四五年一〇月一日になつてようやく指定水域に指定され、昭和四六年七月から浮遊物質について水質基準が実施されることになつた。そのため上記河川や田子の浦港は工場廃水とヘドロのため悪臭をはなち、茶褐色にかわり、汚染が進行した。汚染は駿河湾にも及んだ。そのため沿岸漁民が昭和四五年四月以来港のしゆんせつ、ヘドロの海中投棄に反対し、県はしゆんせつを中止した。その結果港内にヘドロが堆積し港が浅くなりまた硫化水素による害がおき、港の機能は悪化してしまつた。すなわち港内の船舶のエンヂン冷却水用パイプにヘドロがつまり航行できなくなるとか、船底が硫化水素のため腐蝕するなどの被害が生じ、また一万トン級の船は積荷を他所で降して軽くしてからでなくては入港できないとか、吉原埠頭が使用不能になるなどの不便を生じた。以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

ところで原告らは、右のような河川、港、海の汚染を指摘して、ヘドロを流出する企業、それを許している県知事の責任を司法手続によつて追及しようとする。そしてそのためにいわゆる住民訴訟という訴訟形態を選ぶ。ところが住民訴訟は後にも述べるように県の財産そのものの維持管理に関する特殊な、要件の限定された訴訟である。そこで原告らの意図とは目的を異にする住民訴訟という枠の中で原告らの法律構成が右の限定された要件にいかに適合するかが問題である。以下にそれを検討する。

二被告静岡県知事の怠る事実の違法確認の請求について

(一) この請求は、地方自治法第二四二条の二第一項第三号に基づくものであるから、同法第二四二条第一項により、普通地方公共団体の長の財産の管理を怠る事実の違法確認の請求であるというべく、したがつて、まず、管理を怠つているとされる対象が当該地方公共団体の財産ということができるものでなければならない。もしこの要件を欠く場合には、原告らの右違法確認の請求は法定の住民訴訟の要件を欠く不適法なものというべきである。

そこで、原告らにおいて被告静岡県知事が違法に管理を怠つていると主張する本件河川および港湾が静岡県の財産ということができるかどうかについて判断する。

1河川について

原告らは、沼川をはじめ滝川、潤井川、比奈川、田宿川等の本件各河川はいずれも住民訴訟の対象となる静岡県の財産であると主張する。そして、その根拠として、二級河川たる沼川、滝川、潤井川については、その管理主体は県であつて、県は二級河川につき公物管理権を有するところ、この公物管理権は地方自治法第二三八条第一項第四号の「地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利」に該当するから、結局右各河川は静岡県の財産に当たるとし、また普通河川たる田宿川、比奈川(瀬戸川)については、静岡県普通河川取締条例(昭和三一年一〇月一六日条例第六五号)の適用があるから、静岡県がこれについて公物管理権を有し、右二級河川同様静岡県の財産に当たると主張する。

しかしながら、まず二級河川については、その管理主体が県であつて、県はこの二級河川につき公物管理権を有するということはできないというべきである。けだし、現行法上、二級河川の管理は県知事が国の機関として国から委任を受けた事務とされているものと解すべきだからである。すなわち、河川法第一〇条は、「二級河川の管理は、当該河川の存する都道府県を統轄する都道府県知事が行なう。」と規定し、また地方自治法別表第三・一・一一一は、機関委任事務について規定した同法第一四八条第二項をうけて、都道府県知事の機関委任事務として、「河川法及びこれに基づく政令の定めるところにより、二級河川及び河川区域を指定し、河川の占用等の許可に関する事務を行ない、並びに河川に関する工事を実施する等河川の管理を行なうこと。」と規定しているのであるから、二級河川の管理が都道府県知事の機関委任事務とされていることは明らかであるといわざるを得ない。右地方自治法別表第三が「河川法……の定めるところにより……河川の管理を行なうこと」を機関委任事務と規定し、右河川法第一〇条が「二級河川の管理は……都道府県知事が行なう。」と規定している以上、これは明白であろう。

この点につき原告らは、右河川法第一〇条が、二級河川の管理は当該河川の存する「都道府県を統轄する都道府県知事」が行なうと規定しているのは、単に「知事」が管理すると規定しているのと異なり、地方自治体たる都道府県の統轄者・代表者としての知事が管理する旨を規定したものであつて、これに地方自治法第二条第三項第二号の規定をあわせ考えると、二級河川の管理主体は地方自治体たる都道府県であり、その具体的管理者が自治体の代表者たる知事であることを定めたものと解すべきであると主張するが、やはりこのように解することは無理といわざるを得ない。また、河川法施行法第六条が、一定の場合、知事に「代つて」建設大臣が二級河川につき権限を行なう旨規定していることを根拠に、二級河川の管理が本来国の事務に属さないとする原告らの主張も理由がない。けだし、国の事務であつても一旦知事に機関委任された以上、これを建設大臣が行なう場合には、「代つて」行なうことになるのは当然だからである。さらに前記地方自治法別表第三の規定にいう「河川の管理」を、原告らの主張するように、河川法上本来他の管理者の有する権限で特に知事に委ねられたものと限定して解釈することもまた根拠がないものといわざるを得ない。

このように二級河川の管理は県知事の機関委任事務にすぎないものというべく、県が二級河川について公物管理権を有するということはできない。

のみならず、公物管理権が地方自治法第二三八条第一項第四号の「地上権……その他これらに準ずる権利」に該当するという原告らの主張もまた理由がないというべきである。同号にいう「その他これらに準ずる権利」とは、まさに同号の例示にあるように地上権、地役権、鉱業権に準ずる不動産の用益物権ないし用益物権的権利を指称するものと解するのが相当であり、公物管理権がこれに該当すると解することはできない。

右のとおり、二級河川の管理が県知事の機関委任事務でなくて、県は二級河川につき公物管理権を有するという主張も、また河川に関する公物管理権が財産に当たるとの原告らの主張も理由がないものといわなければならない。そうすると、二級河川たる沼川、滝川、潤井川は静岡県の財産とはいえない。また普通河川たる田宿川、比奈川(瀬戸川)も、その管理権が財産に当らない以上静岡県の財産ということができないというべきである。

おもうに、河川が講学上のいわゆる自然公物であつてその流水に対する私権の成立が否定され(河川法第二条第二項)、直接公共の用に供されるいわゆる公共用物とされる(同条第一項)こと、河川法が河川の行政的管理に主眼をおいて法的規制をしていることなどを考え合せると、河川を住民訴訟の対象となる財産に当たると解することにはやはり無理があるといわざるを得ない。公共用物についてはその管理の面に重点がおかれ、所有権の対象という面が甚だ稀薄になるということは、原告ら自ら公物管理権の根拠として主張するところであるが、このことは、とりもなおさず、河川の財産性を否定することにつながるというべきである。

したがつて、河川については、これを住民訴訟の対象となる財産と解する余地はないといわなければならない。

2港湾(田子の浦港)について

原告らは、本件田子の浦港は住民訴訟の対象となる静岡県の財産であると主張し、その理由として、田子の浦港は港湾法第二条第二項の重要港湾であつて、静岡県は同法第三三条にいう港湾管理者としてこれを管理し、公物管理権としての港湾管理権を有するところ、この港湾管理権は河川管理権について主張したのと同様、地方自治法第二三八条第一項第四号に該当するから、結局右田子の浦港は静岡県の財産に当たると主張する。

しかしながら、前述のとおり、公物管理権たる港湾管理権を右同号に当たる財産と解することはできない。

ところで原告らは、静岡県は昭和三三年以来一三〇億円の巨費を投じて田子の浦港を県営港として建設し、さらに毎年一億円以上を支出してヘドロのしゆんせつをして港湾機能の維持保全をしてきたものであると主張し、<証拠>によれば、静岡県は昭和三三年ごろから、陸地を堀り込んで泊地を造成するといういわゆる堀込港湾(人工港)たる田子の浦港の建設にかかり、一二〇億円余(もつともその負担割合は、国が三五、特別使用料分が三〇、市が一四、県が二一の割合である。)の巨費を投じてこれを完成させたものであること、また静岡県は田子の浦港の港湾機能を維持するためのいわゆる維持しゆんせつとして、昭和三六年度以降同四四年度まで、最も少ないときで三千万円余、最も多いときで一億二千万円余、平均して六、七千万円の巨費を支出して、毎年、港内のしゆんせつをしてきたことが認められる。そうすると、静岡県が巨費を投じて建設し、毎年巨額の県費を支出して維持管理しているものとして、原告らがこの田子の浦港を住民訴訟の対象となる静岡県の財産であると主張するのも、誠に無理からぬものがあるといわなければならない。けだし、港湾そのものの経済的効用は莫大なものであり、その建設にもその維持にも巨額の費用を要するものであることからみれば、全体としての港湾自体、一つの財産として、その管理の懈怠を住民訴訟をもつて追求するということも、抽象的には十分考えられることだからである。

しかしながら、ひるがえつて実定法をみると、地方自治法は住民訴訟を第九章財務の章のなかにおいて規定し、地方公共団体における財務会計上の非違を是正する制度として予定していることは明らかであるから、住民訴訟の対象となり得る財産の範囲もおのずから限定されざるを得ない。そしてその範囲は、そのものの財産的な価値の保全をはかるという、いわゆる財務的な管理の対象となり得るものに限られるというべきである。けだし、このような財務的な管理の対象となり得ないものであればいわゆる財務会計上の非違は生じないというべきだからである。すなわち、たとえば道路のように直接公共の用に供されている公共用物の場合、その管理については、一般公衆の通行の用に供するという公共の目的のための行政的な管理と、道路それ自体の財産的な価値の保全をはかるといういわゆる財務的な管理の二つが考えられるが、公共用物のうちこの後者の財務的な管理を全く考えることのできないものについては、これを住民訴訟の対象とすることができないと解されるのである。そして財務的な管理とは、要するに、物それ自体の財産的な価値の保全のための管理であるから、物それ自体の財産的な価値を考えることに意味のないものについては、たとえ公共の目的に供されていることによる経済的な効用がいかに大きくても、住民訴訟の対象とならないというべきである。このことは、当該公共用物が当該公共の目的に供されていることによる経済的な効用は、その公共用物の行政的な管理によつて保全されるべきものと考えられることからも首肯されよう。

このような見地に立つて、港湾について考えてみると港湾の場合、全体としての港湾それ自体には前述の意味での財産的な価値というものを考えることはできず、海上運送と陸上運送の連絡という公共目的に供されていることによる経済的な効用を考えることができるにとどまるといわざるを得ない。換言すれば、港湾の場合、港湾それ自体の財産的価値ではなくて、港湾機能の経済的効用のみが考えられるというべきである。そうすると、結局、港湾は地方自治法上の財産に当たらないといわなければならない。

本件田子の浦港が巨額の建設費をもつて建設された県営港であつて、その維持保全のため年々巨額の県費が支出されていても、右の結論は同じである。巨額な建設費は、右にいう港湾機能を作り出したものにすぎず、年々の巨額な維持費もこの港湾機能を維持するためのものであつて、すべては港湾行政という行政的な管理の問題にとどまるというべきだからである。

なお、原告らは、本件田子の浦港のような港湾は一つの営造物であり、営造物は地方自治法第二四二条の財産に含めて考えるべきものであつて、昭和三八年の同法の改正前はその趣旨が法文上も明らかであつたが、右改正により営造物の語が削除された後も同様に解すべきであると主張する。しかしながら、やはり明文上営造物の語が削除されたことの意味は大きいというべく、同法第二三八条が公有財産を定義づけるのに個々の有体物あるいは有体物に準ずる権利等を掲げるのみで、有体物の集合体については意識的にこれを除外する態度をとつていること、前記改正に際して、第一〇章に公の施設の章を設け、営造物に関しては第九章の財務の章とは別個に規制する建前をとつていること、および営造物の全体としての管理は、むしろ営造物行政の問題としてとらえられるべきであつて、財務的な管理の問題は個々の財産の管理に還元して考えられることなどを考え合せると、営造物を同法第二四二条の財産に含めて考えることにはやはり無理があるといわなければならない。

(二)  以上のとおりであつて、原告らにおいて被告静岡県知事が管理を違法に怠つたと主張する本件各河川および田子の浦港はいずれも住民訴訟の対象となる静岡県の財産ということができないというべきであるが、仮に原告らの主張するとおり田子の浦港は営造物として住民訴訟の対象となると仮定しても、被告静岡県知事においてその管理を違法に怠つたものということではできないといわざるを得ない。その理由は次のとおりである。

すなわち、原告らは、田子の浦港に関する被告静岡県知事の管理を怠る事実の違法確認として、その管理する田子の浦港に被告会社らの排出する製紙カス等の懸濁物を含む汚水が流入するのを停止させなかつたことの違法確認を求めているのであるから、この請求を理由あらしめるためには、被告静岡県知事に右汚水の流入を差止める権限があり、かつその権限を行使しないことが田子の浦港の港湾管理として違法ということができなければならない。

そこで、原告らにおいて被告県知事の汚水排出差止めの根拠として主張するものを以下順次検討することにする。

1まず、原告らが被告県知事の汚水排出の差止めの根拠として主張する、①静岡県公害防止条例(昭和三六年条例第五二号)、②静岡県普通河川取締条例(昭和三一年一〇月一六日条例第六五号)、③静岡県漁業調整規則(昭和三九年三月二八日規則第一七号)、④河川法および同法施行令は、いずれもそれぞれ公害行政、河川管理行政、漁業行政に関する権限を規定するものであつて、港湾管理の問題とはその規制範囲を異にするものというべく、したがつて、仮にこれらの法令がある程度の工場廃水の排出の規制に関する権限を被告県知事に付与していたとしても、その権限を行使しないことが港湾管理の関係において違法となるということはあり得ないというべきである。すなわち、公害行政、河川管理行政、漁業行政のため法律上与えられた規制の権限は、もつぱら、当該行政目的の達成という見地から行使されるべきものであつて、この権限を行使した結果があるいは港湾管理に対して有益な影響を及ぼすことはあり得るとしても、逆に港湾管理の立場から右権限を行使すべきであり、行使しなかつたことが違法となるとすることはできないというべきである。

さらに原告らは静岡県港湾管理条例第三条をも差止の根拠として主張するが、同条は港湾施設においてそれを損傷する等の行為を禁止するものであつて、本件のように港湾施設外で河川等に汚水を排出する行為を取締ることはできないと解するのが相当である。

そうすると、これらの法令を根拠として、被告県知事は汚水排出の差止め権限があるのにその行使を怠つて港湾管理を違法に懈怠したということはできないといわなければならない。

2原告らは、さらに、物権的請求権による差止め請求、不法行為による差止め請求を主張する。

しかしながら、不法行為による差止め請求、すなわち不法行為に基づく妨害排除ないし妨害予防の請求は、実定法上、一般的にはこれを認めることはできず、認めるとしても、人の生命・健康などの侵害に当たる場合等その被害法益が極めて重大な場合のみに限定してこれを認めるべきものと解されるから、本件のように港湾の機能が阻害されるということでは、不法行為に基づく妨害排除ないし妨害予防の請求はこれを認めるに由なきものというべきである。

また、原告らの主張する物権的請求権による差止めの請求の主張は、要するに公物管理権たる港湾管理権は所有権にも比すべき強力な物権であるから、所有権同様、物権的請求権があるというのであつて、このような原告らの主張は、公物管理権自体を一個の物権ないし物権的支配権とみて、これに対する侵害については物権的請求権によりその排除を求めることができるとするものであるが、公物管理権の概念自体講学上のものであつて、この公物管理権が物権であるとすることも、またこれに物権的請求権があるとすることも、やはり実定法に根拠を有しない主張といわざるを得ない。

もつとも、港湾のように所有ということよりも管理という面に重点が置かれる自然公物たる公共用物について、公物管理権の概念を私法的な物権的請求権を含んだものとして考えることもあながち背理とのみいいきれないように思われる。なぜならば、直接公共の用に供される自然公物たる公共用物の場合、いわゆる公物管理権の概念は公物に対する所有権の観念にかかわるものとして考えられたものであるから、その概念のなかに所有権に基づく物権的請求権と同じような権能を含むと考えることも可能だからである。

しかしながら、自然公物たる公共用物の場合において、その管理に重点が置かれて所有権の対象たる面がほとんどなくなるということ、いいかえれば、公物が公物主体の公物管理権の対象であつて所有権の対象ではないと考えられることは、とりもなおさず、所有権に対する侵害を除去してその円満な内容を回復する権能たる物権的請求権もまた、これを認めることができないことになると解すべきである。これを実質的にみても、河川、湘湾等の自然公物の場合には、自然界における浄化作用の一環として、ある合理的な限度までの汚水の排出等は社会通念上放任行為として許されるものと解されるが、これら河川等の自然公物に私法的な所有権に基づく妨害排除権に基づく妨害排除請求権に類するものを想定するとすれば、右のような汚水の排出等もすべて一種の妨害行為としてその排除を請求できることになり、社会生活上極めて不都合な結果を招来することになると思われる。

3次に、公物管理権たる港湾管理権に基づいて、被告会社らの工場廃水の排出を差止めることができるかどうかについて検討する。

この点について、原告らは、港湾管理者は港湾区域内の水域および港湾施設を良好な状態に維持すべき義務があり、また港湾区域内における船舶航行に支障をおよぼすおそれのある物の除去をなすべき義務がある(港湾法第一二条、第三四条)が港湾管理者にこのような義務がある以上、港湾管理者はその管理権に基づき航行障害物の除去を命ずる権限を有すると主張し、さらにまた港湾管理者は自らの管理権の作用として水域の利用を規制する権能を有するところ(静岡県港湾管理条例)、その規制のなかには他のものの水域の利用が妨げられないようにすることが当然含まれるから、水域に航行障害物を放置する者がいる場合、管理権の作用によつてその除去を命ずることは一般的に当然可能であると主張する。これらの原告らの主張は、要するに前記物権的請求権による差止めの主張と同様、公物管理権たる港湾管理権に基づき、具体的な法令の規定なしに妨害排除ないし妨害予防の請求をすることができるという主張に帰着すると解される。

これに対して被告らは、公物管理権は具体的な法律の規定により公物の管理者に与えられたもろもろの権能の総和をいうものであつて、それは権利ではなくて単なる権限にすぎず、そしてこのような管理権があるからといつて、法令上なんらの根拠なしに侵害行為の排除あるいは予防の請求ができると解することはできない、公物管理権者にいかなる内容の公物管理権があるかは、まさに法律の規定によつて定まるのであつて、その規定を離れて一般的抽象的に公物管理権を考えることは無意味であると主張する。

この点について、実定法に具体的な規定がない場合であつても、実定法が当該公物の存立を認め、当該公物主体に一定限度の公物管理権を与えている以上、その公物の機能を毀損するような侵害行為があつた場合には、公物主体は公物管理権があるということだけでその侵害の排除を求めることができないかということは確かに問題であるように思われる。そして抽象的に考えれば、このような公物の機能を毀損するような侵害行為に対し、その排除ないし予防を求めることのできる権利ないし権限を含むものとして、公物管理権の概念を考えることは十分に可能であるといわなければならない。しかしながら、これを実定法に則して考えた場合、やはり否定的に解さざるを得ない。なぜならば、このような侵害の排除の請求をいわゆる行政下命の形でこれをすることは、法律による行政の見地から、具体的な法令の根拠がない以上許されないものというべきであり、また公物管理権という公法上の権限を、右のような侵害の排除を司法裁判所に訴求することのできる私法上の権原と解することもできないというべきだからである。そしてこのことは、公物の機能を毀損するような侵害行為に対する措置は、公物の管理の中心的な問題として、本来実定法において具体的に規定さるべきことであり、実定法に規定のない以上むしろ消極に解すべきものと考えられることからも首肯されると思われる。

もつとも、それでは公物主体は、具体的な法令の規定がないかぎり、いかなる侵害をも受忍しなければならないかという問題が残るが、この点については、公物の存立そのものがおびやかされるような極端な場合、たとえば本件で問題になつているような河川や港湾であれば、それが埋つてしまつて河川や港湾の形態をなさなくなるような端極な場合には、具体的な規定がなくてもその妨害排除ないし妨害予防の請求ができると解する余地はあろう。そしてその法的根拠としては、あるいはこのような極限状態においては不法行為による差止め請求を認めることもできようし、あるいは実定法を越えて行政法の分野でも法源性が認められる条理によることも考えられないわけではないと思われる。

このような見地に立つて本件をみると、前記一、において認定したところとそこに掲げた証拠とによると、静岡県における工業地帯である富士地区において、工業原材料の輸送等のため港湾建設の必要性が痛感され、昭和二六年ごろからそのため調査がなされていたが、同三三年三月、田子の浦港建設の最初の工事が開始されるに至り、右田子の浦港は陸域を堀り込んで泊地を造成するという、いわゆる堀込式港湾(人工港)であつたため、その位置の選定については選択の余地もかなりあつたが、沿岸漂砂その他の関係から、現在の潤井川の河口に決定され、その際、富士山大沢崩れ等の潤井川の流下土砂については、沿岸漂砂とあわせて年間三ないし五万立方米程度と見込み、これを通常の維持しゆんせつにより排除していく計画がたてられ、一方製紙カスを含む工場排水については、岳南排水路を建設して田子の浦港とは別途に処理する計画がたてられたが、この岳南排水路が完成するまでは田子の浦港に流入するのでこれに維持しゆんせつで対処していくこととされたこと、岳南排水路については、当初、終末処理場をも建設して、最終処理をした上河川に放流するという考え方であつたが、のちに海中に放流して希釈するといういわゆる海中放流方式に切りかえられ、またその建設も遅れたりしたため、昭和四四年度までは、結局において、未処理のまま工場排水が、岳南排水路を経由または経由せずに、田子の浦港に流入するに至つていたこと、田子の浦港が建設された昭和三六年の翌年から同四四年度まで、同港の管理者たる静岡県は、平均六、七千万円を支出して毎年二回いわゆる維持しゆんせつを行なつてきたが、この維持しゆんせつは、たとえば清水港などと比べてかなり量が多いものであつたとはいえ、一回約三か月程度の維持しゆんせつを年二回行なうことによつて田子の浦港の水深をある程度一定のものに維持することができていたところ、昭和四五年四月以降、漁民の反対等のため、ヘドロの港外投棄ができなくなり、いわゆる維持しゆんせつを中止せざるを得なくなつてから、急に田子の浦港内の水深が浅くなり、吉原埠頭の全面使用不能、富士埠頭、中央埠頭の一部使用不能の状態が生じ、エンジンの冷却水のパイプにヘドロがつまつて運行できなくなつた船がでてきたり、また船底の鉄板を腐蝕された船がでてきたりしたこと、その後ヘドロをしゆんせつして富士川の河川敷へ運んで処理する方策がとられ、不十分ながら港の機能が維持されていることがわかる。そして右事実によれば、本件田子の浦港の場合は、その建設の経緯からも、同港のおかれている自然的、社会的諸条件からも、一方で工業汚水の港への流入を許しつつ、他方それを前提として前記程度の維持しゆんせつによつてその港湾機能を維持してきたものというべきであり、これまで港湾の公物としての存立そのものがおびやかされるような極端な侵害行為はなかつたものといわざるを得ない。そうすると、このような侵害行為があることを前提とする前記妨害排除ないし予防の請求権は、これを認めることができないというべきである。

以上のとおりであつて、原告らにおいて被告静岡県知事の汚水排出差止め請求の根拠として主張するものは、すべて実定法の根拠を有しないものといわざるを得ないから、仮に田子の浦港が静岡県の財産ということができたとしても、被告静岡県知事においてその管理を怠つたものということはできない。

(三)  よつて原告らの被告静岡県知事に対する怠る事実の違法確認の請求は、静岡県の財産ということのできない河川および港湾に関する管理の違法を訴求するものとして、地方自治法所定の住民訴訟の要件を欠く不適法なものというべきである。

三被告竹山祐太郎に対する損害賠償の請求について

静岡県が、昭和四四年度において、田子の浦港しゆんせつ工事費として金一二一、八〇三、〇〇〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

原告らは、右県費の支出は、地方自治法第二四二条にいう違法な公金の支出に当たると主張し、その理由として、(1)右しゆんせつ工事が港則法第二四条第一項に違反すること、(2)同じく静岡県漁業調整規則第三四条に違反すること、(3)被告会社四社の汚水排出行為は静岡県に対する不法行為に当たるから、被告竹山祐太郎はその損害賠償の取立てをすべきであつたこと、(4)港湾法第四三条の三により工事費用は原因者に負担させるべきであつたこと、を主張するので、以下順次判断する。

(一)  原告らは、静岡県が行なつたしゆんせつ工事は、田子の浦港にあつたヘドロを再び港内外に投棄したもので、港内等における廃物の投棄を禁じた港則法第二四条第一項に違反すると主張する。

しかしながら、同条は、「何人も、港内……においては、みだりに、バラスト、廃油、石炭から、ごみその他これに類する廃物を捨ててはならない。」と規定するものであつて、本件のように、港湾管理者が、港則法の目的たる港内の船舶交通の安全・港内の整とん等のために行なうしゆんせつ工事までも禁止するものとは、とうてい解することができない。しゆんせつ工事のうち、港内の他の場所にヘドロを投棄する行為のみをとらえると、右禁止に該当する面もないとはいえないと思われるが、やはりしゆんせつ工事は全体として考えるべきであつて、全体としてみれば、しゆんせつ工事はむしろ港則法の目的に資する行為というべきであるから、これは右同条の予定する構成要件の範囲外の行為と解するのが相当である。

(二)  原告らはまた、右しゆんせつ工事が静岡県漁業調整規則第三四条に違反すると主張する。

しかし、同条は「水産動植物に有害な物を遺棄し、又は漏せつしてはならない」。と規定するものであつて、やはり本件のようなヘドロのしゆんせつ工事はこれに該当しないというべきである。けだし、遺棄または漏せつとは、外から有害な物を移動させ、混入し、その生棲場所の有害成分を増加させることを意味するというべきであつて、本件しゆんせつ工事のように、同一生棲場所内における沈積物の移動の場合にはこれに含まれないと解されるからである。

(三)  以上のとおり、本件しゆんせつ工事自体はこれを違法なものということができないが、原告らはさらに、しゆんせつ工事が適法であるとしても、その費用は、原因を作つた被告会社四社に負担させるべきであつたとして種々主張する。

しかしながら、まず被告会社四社の汚水排出行為自体、前記港則法第二四条第一項に違反する不法行為であるということを前提として、県知事はその損害賠償を被告会社より取り立てるべきものとする原告らの主張はこれを採用することができないというべきである。けだし、同条は、「港内又は港の境界外一万メートル以内の水面」において前詔廃物等を捨てる行為を禁止しているものであるから、河川の上流にさかのぼつて適用されることはないと解すべきだからである。このことは「港の境界外一万メートル以内の水面」という文言からして明らかであると同時に、港則法は船舶交通の安全等をその立法目的としているので、船舶の運行に直接関係のない河川上流にさかのぼるべきでないと解されることからも明白というべきである。

また、被告会社らの汚水排出行為が、田子の浦港という静岡県の財産に対する不法行為であるとする原告らの主張も、前述のとおり、田子の浦港は静岡鼎の財産ということができないものであるから、これを採用するに由なきものといわざるを得ない。もつとも、静岡県は、田子の浦港を港湾法にいわゆる港湾管理者として管理し、その港湾機能の維持のため年々莫大な県費を支出しているものであるところ、被告会社らの製紙汚水の排出によつて沈積した港内のヘドロのため、田子の浦港の港湾機能がある程度損傷を受けたことは前認定のとおりであるから、被告会社らの製紙汚水の排出行為は、港湾機能という法的保護に値する利益を侵害するものとして、不法行為の成立する余地もないではないというべきかもしれない。しかしながら、具体的な特別の法的規制により制限される場合を除き、一応は社会通念上放任行為として許される河川への工場廃水の排出行為が、具体的な禁止規定の違反ということでなく、抽象的に社会的相当性を越えるという意味で「違法な」侵害行為と評価されるのは、極めて例外的な極端な場合に限られるといわざるを得ない。ことに本件の場合には、有形の財産に対する侵害ということではなく、港湾機能という無形のものに対する侵害ということであるから、それが違法と評価される場合はいよいよ限定されるものというべきである。そうだとすると、本件の田子の浦港の場合は、未だ港湾機能に対する侵害として不法行為の成立を認めるには至らないものと解するのが相当である。本件の場合、田子の浦港建設の経緯、同港のおかれている自然的・社会的諸条件からして、工場廃水が港内へ流入するのを許しつつ、それを前提として前記程度の維持しゆんせつによつて同港の港湾機能の維持をはかつてきたと認められることは前認定のとおりであるから、数年来公害問題がやかましくなつてきたとはいえ、にわかに被告会社らの工場廃水の排出によつて、同港の港湾機能が「違法に」侵害されたとまではいうことができないと解されるのである。

そうすると、被告会社らの不法行為の成立を前提として、被告竹山祐太郎がその損害賠償請求をしなかつたことを理由とする公金の違法な支出の主張は、これを採用することができないというべきである。

(四)  さらに、原告らは、港湾法第四三条の三により、工事費用を原因者たる被告会社らに負担させるべき旨主張する。しかしながら、同条の三第二項によれば、負担金の徴収を受ける者の範囲およびその徴収の方法については、港湾管理者としての地方公共団体の条例で定めるものとされているところ、静岡県には右条例が定められていなかつたものであるから、被告竹山祐太郎としては、右工事費を被告会社らに負担させることはできなかつたものというべきである。

以上のとおりであつて、被告竹山祐太郎が静岡県知事として支出した本件ヘドロしゆんせつ費用は地方自治法第二四二条にいう違法な公金の支出には当たらないものというべく、原告らの同被告に対する損害賠償の請求は理由がないといわなければならない。

四被告会社四社に対する損害賠償の請求について

この請求は、地方自治法第二四二条の二第一項第四号にいう「普通地方公共団体に代位して行なう……当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する……損害賠償の請求」に該当するものと解されるところ、本件においては、右にいう「当該行為若しくは怠る事実」は存在しないものと認められるので、原告らの右請求は理由がないといわざるを得ない(なお訴訟要件は具備しているものと認められる。)。すなわち、右同条にいう損害賠償請求をするためには、その前提として、違法な公金の支出等のいわゆる「当該行為」もしくは財産の管理を怠る等のいわゆる「怠る事実」がなければならないことは、右規定の文言自体からして明らかであるが、本件においては、既に述べたとおり、ヘドロしゆんせつ費の支出を違法な公金の支出ということはできず(仮にこれが違法な支出になるとしても、被告会社らは支出の直接の相手方ではないので、これに対して損害賠償の請求はできない。)、また、本件河川および田子の浦港に関する被告静岡県知事の管理に違法な懈怠があつたものということもできないのであるから、右にいう「当該行為若しくは怠る事実」はいずれも存在しないというべきである。

してみれば、原告らの被告会社四社に対する本件損害賠償請求は、その前提を欠くものとして失当といわざるを得ない。

五なお、請求原因第6項記載の被告会社らに対する妨害排除請求(この請求も訴訟要件は具備しているものと考えられる)について判断すると、この請求も右同号にいう「当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する……妨害排除の請求」に当たるものと解されるところ、右同様、「当該行為若しくは怠る事実」は存在しないというべきであるから、右請求もまた前提を欠くものとして失当といわなければならない。

六以上のとおりであつて、原告らの本訴請求は、あるいは不適法として却下すべく、あるいは失当として棄却すべきものであるが、しかしながら、これは本件訴訟が住民訴訟という極めて要件の限定された特殊な訴訟形態をとつたことによるものというべく、当然のことながら、被告会社らの製紙汚水の排出行為の正当性を是認したものでもなければ、被告静岡県知事のヘドロ対策が適切であつたとしたものでもないことをあえて付言したいと考える。前記認定の事実や証拠保全としてした当裁判所の検証の結果、鑑定の結果に照らしても、被告会社らをはじめとする富士地区の製紙汚水の排出行為自体は、ほとんど社会的相当性の範囲を越えるに近いものであつたといつても過言ではないと思われる。また前掲各証拠に徴しても、被告静岡県知事のヘドロ対策が必ずしも適切なものであつたとはいい難いと思われる。

目録

番号

会社・工場名

河川の表示

排出場所

大昭和製紙株式会社

鈴用工場

(富士市今井一三三番地所在)

沼川

沼川新橋上流約一、〇〇〇メートルの

沼川水面

同社 吉永工場

(富士市比奈所在)

(1)滝川

(1)扶容橋上流約一〇メートルの滝川水面

(2)田宿川

(2)同橋上流約三〇〇メートルの田宿川水面

(3)瀬戸川

(比奈川)

(3)比奈川橋上流約五〇メートル、

「一〇〇メートル」の瀬戸川(比奈川)水面

同社 富士工場

(富士市蓼原所在)

潤井川

田子の浦橋上流28.5メートルの潤井川水面

興亜工業株式会社

(富士市比奈一、二八六番地所在)

瀬戸川

(比奈川)

比奈川橋上流約二〇〇メートルの瀬戸川

(比奈川)水面

大興製紙株式会社

(富士市上横割一〇番地所在)

潤井川

田子の浦橋上流五六メートルの潤井川水面

本洲製紙株式会社 富士工場

(富士市平垣所在)

潤井川

同橋上流約六〇〇メートルの潤井川水面

(基点はいずれも、港則法上、田子の浦港の境界)

その意味で、原告らが市民の立場に立つて、被告会社や県知事のヘドロ公害責任を追及しようとするのは理解にかたくない。被告会社ら企業は当然排水行為を自制すべきであつたし、国や県の公害行政はもつと積極的であるべきであつた。しかし、原告らが訴訟によつて右責任を追及しようとするときには法技術的な困難がある。原告らはいわゆる住民訴訟の形態によつた。しかしそこでは原告らの意図と異なる目的や要件からくる障壁を越えることができなかつた。

そもそも当時においては、被告会社らの排水行為を規制する法的根拠はなかつた。排水の規制は企業の事業活動の自由を制限することになるので、具体的な法的根拠が必要であつた。そうすると、当時は国や県の公害行政が立ち遅れていたにもかかわらず、司法的には対処する効果的な途がなかつたことになる。

すなわち、われわれとしては、富士地区において国や県の公害行政が徐々にではあるが軌道にのり、田子の浦港水域の汚染がやや改善されつつある現在、本件住民訴訟が一つの歴史的使命を果したことを確認するにとどまらざるを得ない。

七よつて、原告らの被告静岡県知事に対する怠る事実の違法確認の請求の訴えを却下し、原告らの被告竹山祐太郎および被告会社四社に対する各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(水上東作 宍戸達徳 坂本慶一)

<目録は前掲>

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